OMOHARAREAL

OMOHARA' CHRONICLE(オモハラクロニクル)

- INTERVIEW & COLUMNで構築するオモハラ年表 -

50's

90's

「NOWHERE」OPEN。裏原ブームが始まる
歩行者天国廃止
YUYA NARA
奈良裕也氏、小6で原宿デビュー

高3で『Smart』にスナップされ読モデビュー。その後『CHOKi CHOKi』の初代”おしゃれキング”に

NICOLAI BERGMANN
ニコライ・バーグマン氏が来日。カフェバー「ラスチカス」に毎週のように通う

「当時一番流行っていた店で、お客さんたちもみんなカッコよくて、あそこに通ってないとオシャレじゃないと思っていました(笑)。あとサンドイッチ屋の『バンブー』もとてもオシャレで、ちょっと高いけど頑張って通っていましたね」

YASUMASA YONEHARA
ギャル雑誌『egg』を編集中の米原氏、APE®やNEIGHBOURHOODなど裏原ブランドによる、世界中の価値観を変えるような仕事を間近で目撃

しかし、裏原カルチャーのパーティーには女の子がいないという理由で、米原氏はすぐに行かなくなる。

RYO ISHIKAWA
石川涼氏、雑誌のSNAPコーナー出演を狙いたむろする人々を『キモ』と思う

「エネルギーは感じたけど、『お前ら何者なの?』『雑誌に出たから何なの?』っていう」。一方で、裏原ブランドでスターになっていく同世代たちからは刺激を受けたと語る。

TOSHIO YOSHIZAWA
「CA4LA」が原宿にオープン

「上野が賑わっていた時代は、偽物やアメリカ”風”の商品でも通用していました。しかし、90年代後半になり、ヒップホップ系、スケーター系などのストリートファッションが流行すると、本物のアメリカ文化が成熟してきていた原宿に勝てなくなってしまった」

YUYA NARA
奈良氏、SHIMA青山にアシスタントとして入社。先輩が怖くて泣く

「『なんて理不尽な世界に来てしまったんだ』と涙目で街を睨みつけていましたよ(笑)。表参道・原宿は、新しい世代の個性を育てていこうという意思がある分、決して甘やかさない街でもあるんですね。だからこそ、才能を開花させる若者が多いんだと思います」

00's

「ルイ・ヴィトン表参道」誕生
UICHI YAMAMOTO
山本宇一氏、カフェブームの火付け役となる『ロータス』をOPEN

翌年には日本初のオープンカフェとして1970年代に人気を博した『カフェ・ド・ロペ』の跡地に『モントーク』をOPEN

KEN HASEBE
長谷部氏、渋谷区長に

現在は渋谷区で最も子供が訪れる公園「プレイパーク」、NIKEとタイアップしてリニューアルさせた「みやした こうえん」、日本トイレ大賞(昨年度国が創設)を受賞した「公衆トイレネーミングライツ事業』、そして『同性パートナーシップ条例」など、長谷部氏の功績は数え切れない

YASUMASA YONEHARA
米原氏、『smart girls』を創刊

原宿系女性ファッション誌『mini』のモデルたちにメンズの裏原ブランドを着用させ、おしゃれかつセクシーに撮ったフォト雑誌は、創刊号から13万部のヒット。

REI SHITO
シトウレイ氏、スナップ隊からハントされモデルに。間も無くフォトグラファーの才能を開花させる

シトウ氏がフォトグラファーになるきっかけを作った人物は、ストリートスナップ誌の先駆的存在『STREET』の編集長・青木正一氏

TAKANAO MURAMATSU
アートイベント「青参道アートフェア」スタート

青山通りと表参道を繋ぐ「青参道」。村松氏はこの道の名付け親であり、ここでは毎秋「青参道アートフェア」が開催される

RYUTO SHIGA
志賀竜斗氏、青山に「NUMBER A」をOPEN

「ACE HOTEL」(世界中の旅行好きを魅了しているホテルグループ)の創設者・アレックス・カルダーウッド氏から「Good small space」と賛辞を贈られたことも

Ly
ペインター・Ly氏によって、アメリカンダイナー「San Francisco Peaks」の壁に黒いモンスターが描かれる

その後もオモハラの様々な壁・ウインドウにLy氏のモンスターが描かれる

NICOLAI BERGMANN
ニコライバーグマン フラワーズ&デザイン フラッグシップストア誕生

「青山に150坪なんて一流のラグジュアリーブランドが借りるもので、フラワーショップが借りるなんてバカな話。でも、骨董通りを抜けてこの裏道を散歩していたら、スケルトンになっているこの物件を見つけて、一発でフォーリンラブしてしまいました(笑)」

TAKEO KIKUCHI
明治通り沿いに「TAKEO KIKUCHI」グローバル旗艦店としてのビルを新設

「BLUE BOTTLE COFFEE」の設計で知られる建築家・長坂常氏(スキーマ建築計画)を起用

YU NAGABA
イラストレーター・長場雄氏、COMMUNE 246で個展開催

「感度が高く新しいものを探している人が集まるこの街で、僕も誰かに刺激を与えられたら名誉なことだと思っています」

RYO ISHIKAWA
石川涼氏、「#FR2」関連店を原宿に続々出店

「訪日外国人たちを見ていて、渋谷は写真を撮る場所、原宿は物を買う場所=お金を使ってくれる場所になっていると感じた。それから、若い人たちが普段SNSの中だけで表現している独創性を発揮して許される街」

YOSHITAKA NOJIRI
T&G会長・野尻佳孝氏がTRUNK(HOTEL)をOPEN

コンセプトとして掲げたのは、"等身大の社会貢献の日常化"を意味する「ソーシャライジング」。そして、この構想を成功させるに当たり、「絶対キャットストリート近辺に」とこだわっていた

XX's

UICHI YAMAMOTO
山本宇一氏による裏表参道計画実施!?

「僕としては、表参道・原宿にはカウンターカルチャーがあってほしい。銀座や新宿でDCブランドが流行った時代に、対抗して裏原宿のカルチャーが生まれたように。だから『表参道が盛り上がったなら、次は"裏表参道"』というようなカウンター精神を持って、この計画に挑戦したいと考えています」

KEN HASEBE
長谷部健氏により原宿のホコ天復活!?

「80年代の表参道・原宿を大きく盛り上げた”歩行者天国”を復活させたい。全国から人が集まる大きな施設が増えるのもいいことですが、僕はカルチャーはストリートから生まれるものだと思っているので。クールスとかキングギドラとか、山本寛斎とか、身近に見てきましたからね。スターが生まれる街であり続けさせたいんですよ」

HIROYUKI KOBAYASHI
小林氏が青山通りをカルチャーストリートに!?

「青山通りをカルチャーストリートにできないかと計画しています。渋谷からアートを見ながら歩いていくとオリンピック会場に辿り着く、そんな動線を作りたいんです。ちょっと脇道に入ると、倉庫やテントの中で、まだ評価されていない若い才能のアートが楽しめる…青山通りをそんな道にしたい」

MASAMICHI TOYAMA
遠山氏がブラック青山にバーをOPEN!?

「若い頃、いつかあのビルの上にあるバーでお酒を飲みたいと思っていたのに、いつの間にかなくなってしまっていました。なので『きっとこんなバーなんだろうな』と当時妄想して思い描いていたバーを、自分で再現したいですね」

TAKANAO MURAMATSU
ラフォーレ原宿が世界遺産に!?

「日本の斬新な若者文化を発信し続けている場所という意味でも、十分に文化的な価値があると思います。建物が次々と生まれ変わっていく街ですが、ラフォーレ原宿は取り壊されないよう世界遺産に認定させて、伝説の場所としてずっと残っていてほしいんです」