【レポート】アニエスベー ギャラリー ブティックの「TARA OCEAN展」 船上のアーティストが解く海洋環境問題
青山のアニエスベー ギャラリー ブティックでは、2020年8月30日(日)まで「TARA OCEAN展」を開催中だ。テラ(地球)ではない、タラである。タラとはアニエスベーが所有する海洋科学探査船の名前。この「TARA OCEAN展」は、一般的な現代アートの展覧会とは全く異なった背景を持っているのだ。
アニエスベー × 海洋探査 × アート
アニエスべーの創立者アニエス氏。彼女がファッションデザインのみならず、ギャラリー経営や映画制作も手掛ける “アートなお人” だということは知られていても、世界中の海をめぐる海洋探査プロジェクトを企画していることはあまり知られていないのではないだろうか。
アニエス氏が、幼少の頃から船や海が大好きという息子のエティエンヌ氏(現CEO)と一緒に2003年に立ち上げたのが「tara océan財団」だ。海洋科学探査船「タラ号」は科学者とアーティストたちを乗せて航海し、海の抱えている問題を探り、海と我々のより良い未来を探る。これまで15年以上にわたり、世界40カ国、35万km以上を航海してきたという。(ちなみにtara océan財団のホームページでは、船内の360°バーチャルツアーを体験できる!)
会場エントランス風景。序文やキャプションが記されたパネルは、段ボール・紙で出来ている。展覧会の終了後、自然に還る素材が選ばれているのだ。
ファッションブランドであるアニエスベーのトップが海洋探査活動に携わっていることにまず驚いたが、さらに面白いのは、その船にはアーティストが必ず乗船しているという点だ。彼らは海の上で見て感じたことを、アートを通じて発表する。それによって、科学的なデータだけでは捉えきれない感覚的なものを、広く世界に共有しようという試みなのである。
いざ出航!
夏まっ盛り。アニエスベー青山店のエントランスには、涼しげなのれんが揺れていた。展示会場であるギャラリーブティックは、建物の2階にある。
吹き抜けに面したガラス張りの展示室は、自然光が入る気持ちのいい空間だ。今回の「TARA OCEAN展」では、タラ号に乗船し、関わった4組のアーティストたちによる成果作品が展示される。言わずもがな、テーマは “海” だ。
海に沈む花園
まず目に入るのは、壁二面を占めている大型の写真作品だ。これは、Nicolas Floc’h(ニコラ・フロック)によるもの。海洋生物の住みかとするために海底に沈められる人工物、“人工漁礁(ぎょしょう)” の姿を撮影した作品だ。
人工漁礁は、コンクリートブロックなどを組み合わせてできた構造体だったり、国によっては不要になった人工物(時には戦車など)を沈めて漁礁とする事もあるという。びっしりと海洋生物が息づいたその内部は、まるで箱庭のような幻想的な世界だ。そして一方で、どこか怖い。海に沈んでしまえば、私たちが築き上げた物はこうなるのだ。
どの作品でも、漁礁の角が手前に突き出しているのはなぜだろうか。じっと見ていると、こちらに向かってくる船の先端のように見えてくる。存在をこれまで意識した事もなかったけれど、音の無い海底の世界に佇む人工漁礁の姿は……熱い。廃墟好きの人に強くおすすめしたい作品だ。
場内では、NHKで放映されたタラ号のドキュメンタリー映像「海洋アドベンチャー タラ号の大冒険」を見ることもできる。50分近い長編番組なので、本腰を入れて見たい人のために椅子が用意されているのがうれしい。
海上の “働き者”
奥の小さな展示スペースには、タラ号のクルーたちを撮影した3枚組のポートレートが並んでいる。これはアートデュオのK-NARF&SHOKO(ケーナーフ&ショウコ )による “HATARAKIMONO PROJECT” のスピンオフ的な作品だ。その名の通り、“働き者” のポートレートを撮影し、その美しさを後世に残すというものである。
3連の形式はトリプティックと呼ばれ、西洋の宗教画でよく見られる形式だ。働き者はそれぞれ作業着を身につけ、愛用の作業道具を持って撮影されている。なるほど、「ツボを持っていたらマグダラのマリア」「剣を持っていたら大天使ミカエル」のように、持物(アトリビュート)としての働きを持たせているのである。世の “働き者” を聖人に見立てるとは、便利化が止まらない現代社会への皮肉のようにも捉えられる。
タラ号のクルーたちは、誰もがカメラにビッグスマイルで応えている。仕事が好きで仕方がないといった表情で、見ていて清々しい(確かにこの写真、各職業のお守りとして効果があるかもしれない……)。ちなみに、働く日本人100人を収めた本家 “HATARAKIMONO PROJECT” の書籍もその場で見ることができるのでめくってみよう。写真が苦手な日本人と、陽気なタラ号クルーとの比較もまた面白い。
海と水彩
会場の反対側には、常設のベンチソファが。ほとんどのギャラリーは白や黒でまとめられていることが多いだけに、展示空間に鮮やかな赤があるのはとても新鮮だ。
ソファに座ると、テーブルにはElsa Guillaume(エルザ・ギヨーム)によるタラ号の乗船日誌が展示されている。4冊のノートはびっしりと綴られた文字と水彩画で埋め尽くされ、潮風でクタクタだ。隣のタブレットでは、各ページを順番に見ることができる。突然、精緻なカニのスケッチが現れたりするので目が離せない。
最後に、壁に掲げられたドローイング9点を眺める。気鋭の若手アーティスト・大小島真木による、ダイレクトなメッセージ性を感じる作品だ。大小島氏といえば《鯨の目》シリーズが代表作として知られるが、それはタラ号でのクジラとの出会いにインスパイアされたものだという。ここでは、船上で描かれたその先駆けと言えるドローイングを見ることができる。中には、漫画の巻頭カラーページのようにコマ割りされたものも。
写真右側の作品では、ヒトの肺の左右それぞれに森林と海洋が描かれている。近寄って見ると、色彩の上に細かいラメの入った塗料が重なり、チラチラと光って美しい。そういえば地球上の酸素の半分以上は、海にいる植物プランクトンによって作られている! 急に思いいたってハッとした。“環境を守る” というと、つい身近な陸上世界のことばかり想像してしまっていた。確かに私たちの肺には、森と海が詰まっているのだ。
いつか還る場所
タラ号の名前は、映画「風と共に去りぬ」のヒロイン、スカーレットの故郷にちなんでいるという。映画好きなアニエス氏らしいネーミングである。作中の「Tara! Home. I'll go home.(タラがあるわ! 故郷に帰ろう)」のセリフはとても有名だ。氏は海というものを、私たちがやって来た場所・帰るべき故郷だと捉えているのだろう。ちなみにセリフはその後「After all, tomorrow is another day.(明日は明日の風が吹く)」で締めくくられる。
マイクロプラスチックによる汚染や、気候変動によるサンゴ礁の衰弱など、いま地球の海が抱える問題は決して少なくない。けれど、この「TARA OCEAN展」は純粋にアートに触れる場として心地よく存在しており、“問題意識を持つべし!” と迫ってくるような印象は受けなかった。
何もデータを見せられたわけでもないし、お説教されたわけでもない。だというのに……帰り道では確実に、来る前よりも自分と海との繋がりを意識している事に気付くはずだ。やっぱりアートは想像力を呼び覚ます特効薬なのだ。
外に向かって展示された作品を発見。廃墟にも楽園にも見える、人口漁礁の存在感が凄い。1階のショップを訪れた人が足を止めていきそうだ。
好きなもの(アート)を使って好きなもの(海)を守るというアニエス氏のtara océanプロジェクトは実に格好いい。
お気に入りのエコバッグを用意し、レジ袋をもらわない生活にも慣れてきたこの頃。いよいよ、強制スタートさせられた “なりゆきエコ活動” から一歩進んで、私たちも好きなもののために出来ることを考え始める頃合いかもしれない。この「TARA OCEAN展」は、さりげなくその背中を押してくれる。
※敬称略
■概要
TARA OCEAN展
開催期間:2020年7月1日〜8月30日
開催場所:アニエスベー ギャラリー ブティック
住所:東京都港区南青山 5-7-25 ラ・フルール南青山
電話番号:03-3406-6010
営業時間
ギャラリーブティック:13:30-18:30(月曜休廊)
青山店B1F:11:00〜20:00
Text / Photo:Mika Kosugi