【レポート】GALLERY nicolai bergmannの「Pop Art in Bloom」をレポート 春色のポップアートが花盛り
南青山にあるGALLERY nicolai bergmannにて、街と心に新しい季節の訪れを告げる展覧会が開催中だ。「Pop Art in Bloom」と銘打たれたこの展覧会では、ニコライ・バーグマン氏による花とポップアートを融合させた作品が展示販売される。会期は2021年5月30日(日)まで。最高気温が20度を超えるポカポカ陽気の中、さっそく会場の様子をレポートしに訪れた。
ニコライ・バーグマン氏とアート
フラワーデザインブランド「nicolai bergmann」といえば、プリザーブドフラワーを小箱いっぱいに詰めた「フラワーボックス」で有名だ。色鮮やかに咲き続ける花で埋め尽くされた箱は、さながら玉手箱ならぬ “花手箱”。ギフトとして贈ったことがある人も、もらったことがある人も多いのではないだろうか。
Nicolai Bergmann旗艦店で販売されているフラワーボックス
デンマーク出身のニコライ氏はフラワーボックス考案の第一人者であり、フラワーアーティストとしての活動は多岐にわたる。これまでにも植物を素材とした数々のオブジェを発表し、ギャラリー空間全体の演出を自身で手がけてきているニコライ氏だが、今回は初であるポップアート分野への挑戦だ。ニコライ氏が解釈する世界はどのようなものなのか、それをキャンバスや絵の具にどう託すのか、目が離せない。
取材時、ギャラリー2階にあるニコライ氏のアトリエを特別に撮影させていただくことができた
かねてより現代アートへの関心がとても強いというニコライ氏だが、中でもポップアートは特別なのだとか。いつかは自分の手でポップアート作品を生み出したいと考え、その願いが結実する時を待っていたのだという。「Pop Art in Bloom」=ポップアートが花開く! という本展のタイトルからは、そんな熱い思いを伺うことができる。
南青山の路地裏に佇むギャラリー
溶けてゆく花のイメージ
会場は1フロアのみで、ふらりと入って見て回れるフランクな雰囲気。展示数もそこまで多くないので、街歩き・ショッピング中のちょっとしたアートチャージにぴったりだ。
会場風景
それでは出展されている作品の一部を、ちょっと深読みしつつご紹介していこう。展示室内でまず最初に、ピンクを背景にしたアイスバーを描いた作品に目を惹かれる。本展のメインビジュアルに採用されている《Ice cream Cry》だ。隣にはコーンに載ったアイスクリームを描いた《You make me melt》が並ぶ。
《Ice cream Cry》はニコライ氏のポップアート作品として一番初めに制作されたもので、作家本人の思い入れも強いのだとか
会場を見渡してちょっと驚いたのは、リアルな花の存在はどこにも無いということ。作品は全て平面であり、押し花なども使用されていない。ここにある花は徹底して、ニコライ氏が撮影した “花の画像” であり、それを多様に加工したものなのだ。ポップアートとの融合と言っても、もちろん生のアレンジメント的なものも組み合わせるのだろう、と想像していたところ……鮮やかに裏切られた。
例えばアイスバーの表面は、アジサイとバラ、木の実の画像を使っている。対して、とろけるアイスの断面はガラス塗料を厚く盛り上げて表現されている。かじり取られた歯型もくっきりと、血管のような網目を持つ断面はとても生々しい。
試行錯誤の段階では、生の花を絵筆がわりにしてキャンバス全面に絵具を重ねていく、ポロック風の作品も生み出されたのだとか(それはそれで素敵である……)。けれどそれでは納得せず、ニコライ氏は素材撮影→加工→コラージュという今回の手法を考えだした。おそらくそれは、画面に花のリアルな存在感が残ってしまうのを避けるためだろう。
そもそもポップアートのpopは、popular(大衆)に由来している。大量生産されたイメージのひとり歩きと、それを消費する私たちとの関係を脱臼させるのが、ポップアートの重要な側面である。デジタル加工された花柄が単純に美しいということもあるだろうけれど、これは意図的に花の実体を奪い、イメージに還元しているのだ。画面にあるのは残り香すら持たない画像、イメージである。反対に、具体的な質感を持って迫ってくるのは(無機質なはずの)塗料の方だったりする。
《You make me melt》コーンの部分は印刷のドットが強調され、どこかポップアートの巨匠ロイ・リキテンスタインを思わせる
アイスは甘くて美味しい、みんなのアイドル的な食べ物だ。溶け出すイメージはそこにほんの少しだけ、“儚さ” や “虚ろさ” を追加しているのではないだろうか。ちなみに、このピンクはニコライ氏の大好きなカラー。中でも、わずかに紫がかったスモーキーなピンクを「大人ピンク」と呼んで好んで使っているのだとか!
レジェンドへ愛を込めて
作品の中には、わかりやすく見覚えのあるモチーフも。
《I can’t wait》
米国人アーティストのロバート・インディアナによる「LOVE」のオブジェは世界中に存在し、日本では新宿アイランドタワーで見ることができる作品だ。ニコライ氏は、本作でそれをヴィヴィッドな赤い花のイメージを使って再構成している。タイトルの《I can’t wait》は、このオブジェが新宿の待ち合わせ目印として親しまれている文脈を踏まえたものだろう。花束を心に、トレンディな展開に胸ふくらませる金曜20時……を妄想してしまう。
《Dear Andy》に窓から射し込む自然光がなんとも美しい
こちらは《Dear Andy》と題された一枚。スープ缶やマリリン・モンローなどでおなじみ、同じ画像を色を変えて並べるのはアンディ・ウォーホルが好んで用いたパターンだ。よく見ると、4つの花の向きがさりげなく異なっているのが面白い。同じように見えるものの中にある微妙なズレに注目してみよう。
始まりの季節に
ピンクが勢力を伸ばす会場内で、少し趣を変えたグリーンの作品が並ぶ一角がある。これらの前に立つと、フレグランスがフローラル系からグリーン系に変わったかのようだ。
右《You are A-mazing》と、左奥《That’s it,Just let me Zzzzz》。圧倒的知名度を持つキャラクターのイメージ借用は、まさにポップアートといった趣だ
画面に大きく「A」と描かれた《You are A-mazing》を見て、もしや全てのアルファベットを網羅したイニシャルシリーズなのかな? と思ったけれど、どうやらそうではないらしい。作品となっているのは「A」のみ。言い換えれば「A」でなければならなかった、ということだ。
《You are A-mazing》部分 みずみずしいグリーンで構成される画面
改めて眺めていると、次第に「A」が踏み台のように見えてくる。さらに大きくしてみれば、まるでグリーンで飾ったアーチのようでもある。Aはもちろん、始まりのアルファベット。《You are A-mazing》=あなたってスゴい! のタイトルも併せて、新しい始まりを祝福する “入口” そのものの姿と捉えることもできそうだ。
花は姿を変えて
植物とアートの関わりといえば、古くから静物画(花瓶に生けた花をキャンバスに描く)が王道だ。それは花の美しさに惹かれ、やがて散りゆく姿をなんとか画面に留めようとする試みだったとも言えるだろう。16〜17世紀のヨーロッパでは儚さや世の無常を表現するため、あえて花瓶に枯れた花を混ぜて描くこともあった。
さて……ニコライ・バーグマン氏は、長期保存が可能な「フラワーボックス」の考案者だ。花はもはや、そうそう枯れないのである。そして氏は本展でさらに別の段階へ進み、彼の花々をポップアートの世界観に流し込んだ。実体を持たないイメージの花は、絶対に散らないし枯れない。華やかな色彩をまとう作品たちは、平板さの中にどこか切なさを感じさせ、見る人をざわつかせる。それは逆説的に、生ものの儚さと美しさを強く思わせてくれるのではないだろうか。
ふんだんに太陽光が入るアトリエ
ちょうどギャラリーのお向かいには、nicolai bergmannのフラッグシップストアがある。ポップアート作品、プリザーブドフラワー、生花。それぞれを横断的に取り込めば、さらに有意義な鑑賞体験ができるだろう。
「Pop Art in Bloom」は2021年5月30日(日)まで開催中! 心に刺さった作品は購入することも可能なので、この機会をお見逃しなく。
■概要
《Pop Art in Bloom》
開催期間:2021年3月17日(水)〜2021年5月30日(日)
開館時間:12:00 〜 18:00
休館日:月曜
入場:無料
開催場所:GALLERY nicolai bergmann
住所:東京都港区南青山5-5-20
電話番号:03-6452-6545
Text / Photo:Mika Kosugi