【レポート】GYRE GALLERYの名和晃平展「Oracle」 表皮に揺らめき立つもの
シカの人……そんな風に言ったら怒られるだろうか。彫刻家・名和晃平氏といえば、つぶつぶのガラスビーズで覆われた剥製「PixCell」シリーズの鹿や、リボーンアートフェスティバルを象徴する真っ白い彫刻〈White Deer〉といった作品が真っ先に思い浮かぶ。
どうやら名和氏が鹿好きなのは間違いないらしく、この秋にGYRE GALLERYにてお披露目となった新作もまた、鹿の姿をしている。
展示風景より〈PixCell-Reed Buck(Aurora)〉
今回のレビューでは、2020年10月23日〜2021年1月31日に開催される名和晃平氏の個展「Oracle」についてご紹介する(Oracleとは神託・神意・助言を与えてくれるもの、などの意味)。
一度見たら忘れられないインパクトを放つ名和氏の作品。正直私も「PixCell」シリーズの鹿のファンなので、多数の新作を一度に鑑賞できるこの機会には胸が躍る。
【名和晃平(なわこうへい)氏プロフィール】
1975年生まれ、京都を拠点に活動する彫刻家・創作プラットフォームSANDWICH Inc.主宰・京都造形芸術大学教授。感覚に接続するインターフェイスとして、彫刻の「表皮」に着目し、「PixCell」という独自の概念を軸とした作品を発表。様々な素材とテクノロジーを駆使し、彫刻の新たな可能性を拡げている他、 近年は建築や舞台のプロジェクトにも取り組んでいる。
聖なる鹿は雲を纏って
会場に入ると、さっそく本展のメインビジュアルに採用されている鹿の像が見える。〈Trans-Sacred Deer(g/p_cloud_agyo)〉だ。
意外と大きい!〈Trans-Sacred Deer(g/p_cloud_agyo)〉
これは奈良の春日大社の御神宝である〈春日神鹿舎利厨子〉(鎌倉時代の作と言われる)の鹿をモチーフにした作品。もともとは手乗りサイズだったご神鹿を、本作ではリアルな子鹿ほどの大きさの木彫作品に仕上げている。
ちなみに……なぜ鹿なのか? というと、春日大社の神様が鹿に乗ってやって来たと云い伝えられているためだ。
鹿が背負っているのは炎を上げる宝珠。〈春日神鹿舎利厨子〉では、その中に「舎利」(仏の遺骨)が納められていた。本作では「PixCell」シリーズで使われているのと同じガラスビーズがつやつやと光っている。
比較的新しい素材・技術を好んで用いるイメージがある名和氏だが、本作は仏具のように、木彫、漆塗り、箔押しなどの伝統的技法によって制作されているのが新鮮だ。これは氏が近年取り組んでいる、京都の伝統工芸復興プロジェクトから生まれたものだという。
ぜひ〈春日神鹿舎利厨子〉で画像検索して見比べていただきたいのだが、どちらの鹿も雲に乗って背中に宝珠を奉安しているものの、名和氏の鹿は、それ自身の体にもまんべんなく銀の雲を纏っているのがポイントだ。そういえば雲は水の粒でできている……そう考えると、このご神鹿もある意味でつぶつぶに覆われているのである。
動きを繰り返すもの
続く展示室では、まず3点の大きな作品に視線が吸い込まれる。〈Moment〉と題されたシリーズだ。
〈Moment #162~164〉
まるで漫画の「効果線」「スピード線」のよう! 固定した絵の具のタンクに一定の圧力をかけて噴出し、受け止める画面の方を高速で動かすことによって描かれている。近くで見ると線に微妙な揺らぎや途切れがあり、立体感にクラクラするのでご注意を。
隣の〈Blue Seed〉は、何が起きているのか分からず、気がつくといつまでも見入ってしまう作品だ。画面の上で青いシミが広がり、生物の胚のような、とれたて野菜のような、かと思えば一瞬ギョッとするくらい生々しい形状をゆるゆると描いて、10数秒でボウっと消えていく。
〈Blue Seed_B〉
横から見てみると、厚みある半透明のアクリル板の両面に、紫外線に数秒間だけ反応する特殊な塗料が塗られているらしい。そこへ天井からレーザーを照射し、シルエットを投影しているのだ。残像が奥行きとなって、うごめきながら浮かび上がって来る。
タイトルの「seed」が示す通り、描かれるカタチは植物の種子をテーマにしているようだ。“ポチッ” と小さく始まって、変な形に広がって、消滅して、また繰り返し。インクの染みのようだし、燃え広がるタバコの不始末にも見える。改めて思うと、命っていろんなモノに似ているかも……と奇妙な気持ちになる。
つぶつぶとゆらゆら
展示風景より
「いた!」と声が出そうになる。この展示室では氏の代表シリーズのひとつである〈PixCell-Reed Buck(Aurora)〉が迎えてくれた。愛しの子鹿だ。顔を近づけて覗き込むと、本作では剥製の表皮がオーロラ加工されているのが分かる。そのためガラスビーズの一粒一粒が玉虫色にぎらりと光る。
〈PixCell-Reed Buck(Aurora)〉(部分)
名和氏はこの「PixCell」シリーズについて、「拡大・歪曲するレンズを通してオブジェクトが『鑑賞』される状態となる」と表現している。「PixCell」はPixel(画素)と、Cell(細胞)を合わせた造語であり、情報化社会を象徴する概念だという。確かに “もっと知りたい・見たい” ものがあるとき、そのものの温度や重みに触れることなく、ネット上のデジタルイメージから濃縮還元するように対象を把握するのは日常茶飯事だ(現に私は、奈良にある先述の〈春日神鹿舎利厨子〉を実際には見たことがない……)。
鹿の表面を覆い尽くす球体は、デジタル化された細胞であり、検索イメージを収集する鑑賞者たちの眼球とも言えるかもしれない。
〈Dune〉すなわち「砂丘」と題された新シリーズは、本展で5作品が展示されている。他作品の制作時に出た廃液を再利用して水平方向に流し広げ、それを何層にも重ねることで形成された作品だ。中でも特にインパクトの強かった、この〈Dune #15〉をよく見てみたい。
〈Dune #15〉 画面の凸凹は少ないが、眺めていると社会科準備室にある立体地図を思い出させる
異なる素材・異なる粘度の画材は流れるうちにどこかが溜まり、どこかが削れ、斜面となり、溝や尾根が形成されていく。そうして予測しきれない偶然性を孕んだ画面が生まれる。
止まることなく変容し続けるランドスケープ(景観)を表現することを狙ったというこの作品。上から液体を注ぎ、時に乾燥させ、ひび割れさせ……作家が経た制作プロセスは、ちょっとした創世記ではないだろうか。
〈Dune #15〉(部分)
流れ広がる絵の具が、揺らめき立つ炎のように見えて、神鹿の背中にあった宝珠のイメージとリンクした。作為的でない流れだからこそ、力強く目が離せない。ぜひ近くでじっくり鑑賞してほしい。
何に見えますか?
会場のラストには、ずらりと並ぶ〈Rhythm〉シリーズが4作。目にした瞬間にたじろいでしまう。こ、これは……いいのだろうか?
〈Velvet(Rhythm)#11~14〉グレーのベルベットのような細かい毛で覆われた、大小の球体。これはどう見てもウイルスでは?
〈Rhythm〉シリーズは具体的な “何か” をモチーフにして制作が始まったものではなく、そもそもは大小の木の球を画面に並べて、リズムを楽しみながら制作されていたという。しかし図らずも、今は世界中の人にとってこれはウイルスに見えるし、そうとしか見えないだろう。「だからこそ、2020年の個展でこの作品を発表することに意味があるのではないか」と名和氏は語る。
〈Velvet(Rhythm)#14〉(部分)。最終的には、電子顕微鏡の写真を参考にして、よりクリアな印象を与えるように調整したそう。昨年だったら、可愛く見えたかもしれない……
言われてみれば、シンプルな大小の球体の配置である。(ただの)球体のコンポジションを見て世界中の人間が同じイメージを抱くなんて、そうそうあることではない。いいかげん鈍感になり始めていた “今は異常事態である” という思いが蘇って来た。ひとしく生活の彩度が落ちているこの状況を表すのに、グレーという色はぴったりだ。
ギャラリーを飛び出して
そしてギャラリーだけでなく、GYREのアトリウムにも注目してみよう。エレベーターの渦を貫くように、彫刻作品〈Silhouette〉が浮遊している。
〈Silhouette #1~6〉
これはピアノコンサートの舞台装置として創作された作品で、柱のようなこのフォルムは、メロディから引き出した曲線を回転させることで形づくられたもの。表面には炭化ケイ素の粒が吹き付けられ、光を受けてチラチラと輝く。引き伸ばされたチェスの駒のようにも見えて、美術好きならマグリットの〈秘密の遊戯者〉を思い出すかもしれない。
さらに、本展と時を同じくして開催される「明治神宮鎮座百年祭」でも、名和氏の彫刻作品が展示されている。こちらは期間限定での展示なので、早めのチェックを!
※明治神宮 南神門にて〈Ho/Oh〉が見られるのは2020年11月3日(火・祝)まで。
※明治神宮 ミュージアム入口にて〈White Deer(Meiji Jingu)〉が見られるのは2020年12月13日(日)まで。
GYRE会場内には、明治神宮から特別出演しているかのようなカラス〈PixCell-Crow #5〉も。右は油絵具が数ヶ月かけて硬化していく状態変化の過程をテーマにした〈Black Field〉
目に見えない最前線
本展では複数のシリーズを通して鑑賞することで、より名和氏独特の「表皮」への執着を感じることができる。作品に共通するのは、彫刻や画面の「表皮」から音もなく立ち上る、陽炎のような熱と揺らぎだ。鹿が身に纏った神々しい雲もそうだし、画面上に拡大されたウイルスを目にした時に私たちの心がざわつくのだって、同じことかもしれない。
全てのものの「表皮」ではいつも何かが吸収され、蒸発し、ひび割れたり変容したりを繰り返しながら自分の内側と外界とのバランスを保っている。そこは最前線なのだ。揺らめき立つそのエネルギーは、生命力と言い換えることもできるだろう。
GYREは表参道とキャットストリートの交差点にある。ちなみに明治神宮までは徒歩7分ほど
名和晃平個展「Oracle」は2021年1月31日(日)まで開催中だ。表皮のエネルギーを増幅させるようなお気に入りの一着を身につけて、いざ表参道へ。
■概要
名和晃平 Oracle
会期:2020年10月23日(金)〜2021年1月31日(日)
会場:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1
開館時間:11:00〜20:00
休館日:不定休
料金:無料
Tel:03-3498-6990
Text / Photo:Mika Kosugi