
意識過剰気味なアートは私たちに似ている
ワタリウム美術館にて開催中の「フィリップ・パレーノ展〜オブジェが語り始めると」へは、もう足を運ばれただろうか。昨年11月から、この冬を通して催されている密やかな楽しみは、3月22日(日)まで。会期も終盤に入った今、改めて展示会場からのレポートをお届けする。
エントランスに掲げられた展覧会バナー。タイトルデザインを眺めると、作品たちの制作年代の数字が重ね合わされているのが分かる。本展は1994年から2006年にかけての作品(オブジェ)を再構成して展示する、パレーノにとって日本初となる大規模個展である。
パリを中心に活動するフィリップ・パレーノは、現代における重要なアーティストのひとりだ。2013年にはパリのパレ・ド・トーキョーで22,000㎡のギャラリースペースを使った大規模個展を開催。2016年には、ロンドンのテートモダン・タービンホールにおけるヒュンダイ・コミッションに選ばれ、世界的な絶賛を受けている。
2階展示室に降り立つと、まず耳に入ってきたのは水滴の音。オブジェたちは舞台美術のように、訪れた人がその空間に立つことを織り込んで配置されている。
数歩踏み出すと、突然、足元の石が語りだした! そして呼応するようにガラスのランプが明滅を始める。
左が《しゃべる石》、右で光の相槌を打つのが《ハッピー・エンディング》。
《しゃべる石》は1994年の作品の変化系で、オートマタ(機械人形)、認識、アートについて雄弁に語ってくれる。ちなみに日本語だ。朗々と、ときにひそひそと、ヒト以外のものが生々しくしゃべっていることが、可笑しいような不気味さを感じさせる。
《ハッピー・エンディング》は1996年構想の作品の再解釈。ランプらしくスイッチが付いているものの、よく見ると押すことが出来ないようになっていた。他者によるオン・オフの制御を拒否しているようだ。
さらに会場の奥からは、水の滴る音が増幅されて響いてくる。本展のメインビジュアルにも採用されている、《リアリティー・パークの雪だるま》の展示である!
雪だるまはマンホールの奥へ溶け出し、取材時にはケーキほどの大きさの氷塊となっていた。もう、春ですね。まわりに散らばる小石は、雪だるまの目や胸のボタンだったものだ。
在りし日の姿を横にパネル展示してフォローを入れたりはしない。“何かがなくなっている状態” を大切にすることで、そこに確かに何かがあったのだ、という不在の存在感を強く受け取ることができる作品だ。
《リアリティー・パークの雪だるま》は、かつてワタリウム美術館が伝説のキュレーター、ヤン・フートを迎えた、1995年の「水の波紋」展のために生み出された作品である。大掛かりな祝祭の場に設置されることが多い氷の彫刻だが、パレーノは何気ない日常風景を祝福するため、青山の街中に氷でできた雪だるまを設えた。今回はその、四半世紀ぶりの再現だという。
雪だるまは今、排水されて街の地下をめぐり、どのあたりにいるのだろうか。そこに立っていたはずの場所に手をかざしてみると、ほのかに冷たい空気の触感があった。
続く展示室へは、エレベーターもしくは外階段を使ってアクセスする。天気のいい日なら、外階段で街の空気を吸い込んでから臨むのもいいだろう。
3階で鑑賞者を待つのは、ケーブルにつながれて低いうなりを放つ《マーキー》。音と光はパレーノによるプログラムに基づき、とらえどころなく寄せては返す。2006年に制作が始まった同シリーズは、すでに50以上の作品が生み出されているパレーノの代表作である。
クラゲの足のようなケーブルをまたぎ、反対側へ回ろうとすると……狙いすましたようなタイミングで凶暴なブザー音が鳴り響き、ネオン管の光量もフルに。反射的に「スミマセン!」と作品に謝ってしまった。
ブザー音を発し、荒ぶる《マーキー》。そもそもマーキーとは、かつての映画館や劇場のエントランスにあった電光板で、タイトルや俳優名を電飾で示すもの。しかしパレーノの《マーキー》には文字はなく、見方は鑑賞者の想像力に委ねられているという。2020年3月の文脈で眺めると、興行中止の道を採らざるを得ないカルチャーたちのやり切れなさを見た気がした。
4階展示室の天上を埋め尽くす《吹き出し(白)》は、1997年から続くシリーズの一作品。漫画の “吹き出し” の形をしたバルーンは、当初は労働組合のデモでの使用が構想されていたのだという。語られなかった言葉たちがひしめき合う姿はコミカルで可愛いけれど、いつかぎゅうぎゅうになったら窒息してしまいそうだ。
壁一面に貼られているのは《壁紙 マリリン》。2018年にベルリンでの個展のために構想された、パレーノの最新作と言える作品だ。
手描きのアヤメの花が、燐光性インクでプリントされている。茎や萼(がく)の部分の金色が鈍く光って美しい。
室内の照明はランダムに点灯・消灯をくり返す。光を蓄えた壁紙が、暗闇の中では全く違ったサイケデリックな表情を見せてくれる。
会場内のインフォメーションには
「作品の光や音は、美術館屋外の気温、気圧、風の方向に反応して動き、時には作品同士が反応し合います。自然の小さな動きに合わせて、常に変化する展示です。
ぜひ、会場内でゆっくり時間を過ごしてみてください」と記されていた。
たとえばこの4階展示室はワタリウム周辺の風の変化を感知し、2階の《しゃべる石》は気圧に反応して音を出しているのだという。各展示室ごとに捉えどころのないリズムを感じたのは、作品たちが外界の影響を受けて震えているからだったのだ。
吹き抜けの2〜3階展示室を見渡して。パレーノにとって興味深いのは、作品の制作そのものよりも、それが訪れる人にどう受け止められるかという “状況” や “体験” のデザインであるらしい。街や建物、展示室の空間、そして作品がすべて呼応するように気が配られているのが印象的だった。
刻一刻と、環境や周囲の動きを気にして変化する。時にはすっかり居なくなる。パレーノのそんなオブジェたちは “じっと鑑賞されるもの” としてのアートの概念を覆す。プログラムに基づきながらも外的要因に揺れ動く彼らは、むしろ、鑑賞する側であるはずの私たちとよく似ているのではないだろうか。
ワタリウム美術館にて開催中の「フィリップ・パレーノ展〜オブジェが語り始めると」は、3月22日(日)まで。今そのときにしか見られないものを確かめることができる、稀有な機会である。
■概要
フィリップ・パレーノ展〜オブジェが語り始めると
2019年11月2日(土)〜2020年3月22日(日)
開館時間:11時〜19時まで(毎週水曜日は21時まで)
休館日:月曜日 [11/4, 12/30, 1/13, 2/24は開館] 12/31-1/3 は休館。
入館料:大人 1,000円 / 学生 [25歳以下] 800円
会場:ワタリウム美術館
住所:東京都渋谷区神宮前3-7-6
Text:Mika Kosugi