カルチャー豊穣の地、原宿に祝祭と祈りを。
2020年2月22日(土)〜3月8日(日)の間、ラフォーレミュージアム原宿にてアートディレクター / グラフィックデザイナーの矢後直規氏による初の大型個展「婆娑羅」が開催中。ご本人によるコメントとともに、エネルギー溢れる展示内容の一部をひもといてみよう。
プロフィール・矢後直規(やご なおのり)
1986年、静岡県生まれ。武蔵野美術大学卒業後、株式会社SIXにてアートディレクター / グラフィックデザイナーとして活動。これまでに東京ADC賞、D&AD金賞などを受賞している。
グランバザールをはじめラフォーレ原宿の広告を多数手掛けるほか、主な仕事に、RADWIMPS、 THE YELLOW MONKEY、菅田将暉、矢野顕子など人気アーティストのCDジャケットやミュージックビデオなど。
篠山紀信や奥山由之、 瀧本幹也の写真集のブックデザインなども手掛けている。
本展は、ジャンルを超えて多方面で活躍する矢後氏による初の大型個展である。記念すべきその個展名は、「婆娑羅(バサラ)」。
「婆娑羅」は “華美で過剰な風体や振る舞いを良いとする美意識” という概念で、本展においては “色彩、形、素材などさまざまな異色のものが過剰にぶつかり合う” という意味合いで使われているという。
黄金のエントランスゲートをくぐると、古代遺跡をモチーフとした展示空間が広がる。
テーマの婆娑羅について、矢後氏の思いを聞いてみた。
「僕はこの言葉の意味を、絶対に交わらないものを組み合わせて、それでも成立させてしまうセンスというふうに捉えています。言ってしまえば、すごい柄モノにすごい柄モノを合わせるファッションのような。そういう自由なセンスを持ち続けることができたら、クリエイターとして凝り固まることなく、どんどん崩して、多面的になっていけると思うんです」
新作『婆娑羅』が据えられた、会場中央の礼拝堂のような空間。高揚感とともに厳かさを感じるが、実は「バサラ=馬・皿」の言葉遊びを効かせた、茶目っ気たっぷりな作品でもあるのだ。
会場の随所に現れるイスラムの装飾模様のようなアートワークは、馬具や皿をモチーフに発想したのだそう。自身のクリエイションが絡み合いながら広がっていくイメージが託されている。
円環状に並べられたスニーカーは、2020年就航予定のJALグループLCC「ZIPAIR」のユニフォームとして手掛けられたもの。婆娑羅の礼拝堂から出た後だと、あの巨石を環状に並べた世界遺産、ストーンヘンジにしか見えないから不思議……!
2015年度のADC賞を受賞した、代表作『LAFORET GRAND BAZAR WINTER 2015』。欲望のボーダーを大胆に越えていくこの女性のビジュアルは、記憶に残っている方も多いのではないだろうか。
10年近く広告に携わったラフォーレ原宿という存在について、矢後氏はこう語る。
「ラフォーレ原宿は印象的な名作広告が多く、美大生の頃からいつも注目していました。まさかその場所で、自分にとって初めての大型個展を開催できるなんて思ってもみませんでしたね。正直言って、まだ実感が追いつかないくらいです」
『LAFORET GRAND BAZAR WINTER 2017』ラフスケッチ。制作チームへ宛てた “お手紙” だというラフスケッチは、イメージの塊。ぜひ近くで筆致を味わってほしい。
矢後氏は活動拠点が南青山ということもあり、このエリアはとても馴染み深いと語る。
「この街では日々、人の手によって文化の小さな芽が出て、お互いに影響を受けたり与えたりしながら作物を実らせている。そしてそれが世界へと発信され、広まっていく場所だと思うんです」
ラフォーレ原宿の仕事を手掛けるうち、街の歴史についても自然と理解を深めていくことになったという。
「ここ、昔は教会だった場所なんですよ。自分の中で、それはすごく腑に落ちるイメージの重なりだったんです。広告を制作するとき、グランバザールはただのセール(消費活動)ではなく、祭典や祝祭の意味合いを持つと考えているから。街を熱くするこのイベントは、パッと始まって5日で終わっていく。それってまさにお祭りですよね。
文化の収穫に感謝し、祈りを捧げる場所……そういう意味で、ラフォーレ原宿は文字通りの “聖地” だと思うんです」
ラフスケッチの隣に完成された広告が並ぶ。イメージが具現化されることで、クリエイティブが強靭になっていくのが面白い。
ラフォーレ原宿を久しぶりに訪れる人は、エントランスにイチョウの木が見当たらなくて驚くかもしれない。
約40年間にわたり原宿・表参道の街を見守り続けてきたシンボルツリーは、2019年2月に惜しまれつつ姿を消した。そのイチョウの木を素材として、矢後氏がアートに昇華させた作品も見どころのひとつだ。
色付くイチョウのピースに姿を変えたシンボルツリーは、本展の後、街の関係者たちへと手渡され、想いをつないでいくという。
こちらは、矢野顕子『ふたりぼっちで行こう』CDジャケット。複雑な数式が導き出す解は「2」。タイトルにリンクするロマンティックなデザインだ。
会場内には、ほか矢後氏がこれまでに手掛けた作品や貴重なラフスケッチなど、計130点ほどが展示される。多様で過剰な個性がせめぎあう婆娑羅な空間だからこそ、国籍不明の古代遺跡に迷い込んだような、妖しい熱気を感じた。
この個展を訪れる人たちに、どんなふうに作品に向きあってほしいかご本人に尋ねてみると。
「アートだからといって身構えず、単純に “色彩が楽しい” とか、そういうふうに見てもらえたらいいなと思います。理屈っぽい解説やキャプションは付けず、ビジュアルイメージで包み込むように全体を構成してあります。ただ足を踏み入れて、世界にひたってみてほしいですね。敬遠せずに、ぜひ……愛してもらえたらと」
言ったあと、矢後氏は少し照れたような笑みを浮かべた。
購入した作品集「婆娑羅」に快くサインしていただいた。会場内では、ほかにオリジナルプリントのスカーフ、パーカーなどのグッズも販売される。
「この街はカルチャーを実らせる畑であり、ラフォーレ原宿は収穫を祝い、感謝を捧げる “聖地” だ」と表現した矢後氏の言葉を思い出す。本展の芯を貫いているのは、エネルギーに満ち溢れたこの場所への讃歌と、創造し続けることへの真摯な祈りなのではないだろうか。
気鋭のアートディレクター / グラフィックデザイナー・矢後直規の世界観に触れられる大型個展「婆娑羅」は、2020年3月8日(日)まで。溢れる色彩に包まれ、寒さに縮こまっていた右脳が活性化するのを感じられるはずだ。
■概要
矢後直規展「婆娑羅」
開催期間:2020年2月22日(土)〜3月8日(日)
時間:11:00〜21:00(入場は20:30まで)
入場料:無料
場所:ラフォーレミュージアム原宿