第7章:そして海を越えて
最後に、ラフォーレの海外展開について触れておこう。
ラフォーレの発信するファッション波(?)は、ついに国境を越える。2007年、2008年の2年連続で、パリで開催される日本文化フェス「Japan Expo」にてファッションショー「Laforet HARAJUKU Collection」を実施したのだ! これは日本の商業施設としては初めての試みだった。
世界でも注目されるゴスロリを中心に、ロリータ、パンク、ロック、ガーリー、キュートといった原宿らしい切り口のブランドに焦点を当てて披露した
さらに2017年秋には、「Laforet HARAJUKU World Tour」と題して、世界に向けた新たなプロジェクトをスタート。その第一弾として、パリで開かれる欧州最大のファッション国際見本市「Who’s Next」にラフォーレ原宿のブースが登場した。
続けて、パリのセレクトショップ「L’EXCEPTION」内にポップアップショップを展開。それと期間を合わせるように、数ブロック離れた場所にあるクレープ店では、ラフォーレ1階の「カフェクレープ」とのコラボメニューを販売した。
装いだけでなくクレープまでフランスに持って行ったところに、HARAJUKUファッションを担うラフォーレの心意気を感じる。ワールドツアーの今後の展開にも注目したい。
■豆知識その4
原宿といえばクレープ食べ歩き。ラフォーレの1階にある「カフェクレープ」は原宿で最初のクレープ専門店で、その創業はなんと1977年に遡るという。実はラフォーレよりも1年先輩なのだ。
最後に、ラフォーレ原宿が「聖地」である理由
1978年、ラフォーレは戦後の憧れや文化的エネルギーが結晶化した建物「セントラルアパート」の向かい、という輝かしい立地に生まれた。そして強い個性を放つマンションメーカーたちと手を取り合うことで、1980年代の “時代の気分” にバシッとリーチし、街ぐるみで「ファッションのまち原宿」というブランディングを成し遂げる。
それから40数年。この場所で発信されるファッションは、つねにジャンルレスで刺激的だ。消費者たちへ贈る、情熱的なセール。時代を反映するエッジの効いた広告。そして服飾にとどまらず、文化芸術や時事問題……ラフォーレはファッションを軸として広くカルチャー全般を見渡しながら、私たちに世界との向き合い方を教えてくれている。
現在では、原宿駅の1日の乗降客は約15万人にのぼる。
ファッションの街・原宿の発展は、きっとラフォーレ原宿なしには起こり得なかった。そしてまた、ラフォーレ原宿が大きく枝葉を伸ばすことができたのも、この原宿という豊かな土壌なればこそだろう。
新しい情報を発信し続けるラフォーレの動力源は、街や人へ、よりよいものを提案しようという “愛情” なのではないだろうか。だからこそ、ここは原宿のランドマークであり、聖地であり続けるのだ。