安心できる居場所を探して。表参道に農村風景が出現
神宮前のレストラン「eatrip」を主宰する料理人・野村友里さん、隣接する花屋「The Little Shop of Flowers」の壱岐ゆかりさんの共同企画による展示「衣・食植・住 Life is beautiful “植物が命をまもる家となり、命をつなぐ食となる”」が表参道のGYRE GALLERYで開催中。
神宮前を長年拠点とする2人による、企画展のギャラリーツアーへ足を運んだ。
こちらの展示は2021年に行われた「衣・食植」展に続く、「住」をテーマとした展示。2人が生業とする食と植(物)を切り口に、日本古来の暮らしの技術や素材、職人にフォーカスし、膨大かつ濃密な情報を編集し、空間に落とし込んだ展示である。
前回は衣服の素材としての「麻」、大麻布をベースに展示が展開されたが、今回も日本人にとってなくてはならない「稲」にスポットを当て、暮らしに欠かせない「住居」を掘り下げた内容だ。
「eatrip」主宰の料理人・野村友里さん
10年以上の長い年月、神宮前を商いの拠点としてともに過ごしてきた野村友里と壱岐ゆかり。街の再開発の影響によって、2023年末を持って愛着ある場所に別れを告げなくてはならなくなった二人は、“安心できる居場所”を探す旅に出た。
そこで出会ったのが「稲」と、本展で茅葺きを行った、茅葺職人の相良育弥さんを始めとする「住」に根付いた職人たちである。
ギャラリーツアーをガイドをするのは壱岐ゆかりさんと野村友里さん、そして相良育弥さんも参加。前回からの2年間での気づきを、実体験と交流を踏まえながら総括していく話に惹き込まれていく。
茅葺き職人の相良育弥さん。株式会社くさかんむり代表として、茅葺きを現代にフィットさせる活動を国内外で展開する。本展では茅葺きの小屋を作った。
稲は私たちが食べている米やお酒、古くから日本の祭事にも欠かせない植物として文化に浸透している。米として収穫されたあとも、住居の貴重な材料として使われてきたことが分かる。展示のハイライトは展示室に稲を敷き詰めて、“田んぼ”を出現させたスペース。手作業で稲をまとめて、作り上げた空間に圧倒される。
相良育弥さんによって作られた茅葺きの家には実際に中に入ることができる。入ってみるとふっかふか。ここで眠ったらめちゃくちゃ気持ち良さそうだ。藁だけでこんなに快適なのかと驚くこと間違いなし。
実際に中に入った他の人も「藁の匂いと感触が、気持ちを浄化してくれるみたいで気持ちが良い」と言っていた。たしかに。
筆者の地元、生まれ育った周辺は田んぼが多かったので稲と藁の匂いが懐かしい。表参道でこの香りを感じられることが尊い。そう思った地方の農村(今は市町村の合併によって村も少なくなりつつあるけれど)出身者は多いのではないか。
展示には「イエス(家巣)」というワードが散りばめられているのも特徴。
「起きている事象にただノーと反対するだけではなく、なにかを提案したり、反対の仕方も大切だと思う」と企画した壱岐ゆかりさんは言う。
花屋「The Little Shop of Flowers」、壱岐ゆかりさん
安心できる場所、物、事、それこそが立ち返る(帰る)べき「家」であり「巣」なのだと、ユーモアとともに「ノー」の代わりとなる「イエス」と思うものを提示しているのがユニークだ。
野村友里さんと壱岐ゆかりさんを取り巻く環境の変化、ひいてはそれに伴う街づくりへの思いも反映されているのを強く感じた。
茅葺の家の天井にはさりげなく、鳥の巣が。家と巣。「イエス」なイースターエッグにほっこり
展示室の最奥、順路的にはいちばん最後に巡る「いい根(いいね)商店・YES(家巣)STORE」は野村友里さん、壱岐ゆかりさんが各地を巡っている際に出会った職人たちによるプロダクトを販売。特別に作られたフォトフレームや、和紙、工藝品など、ここでしか買えないラインナップが並ぶ。
和紙職人・ハタノワタルさんによる和紙は壁紙やテーブルの天板として、家電やスイッチプレートに貼ることができる(野村友里さんは実際、ご自宅の冷蔵庫なんかに貼っているそう)。
和紙のテーブルというと劣化しそうだけれど、水弾きもよくシミや傷などもエイジングとして良い味が出てくるという。長く使えることはもちろん、補修もできるのがポイント。壊れたら買い換える、のではなく直せるものというのが大切なのだ。
ハタノさんは和紙の原料にもなる楮(こうぞ)を畑で栽培していて、技術を受け継ぐだけではなく産業全体が循環する仕組み作りにも貢献しているという。
商品だけでなく、生産背景を含め野村友里さん・壱岐ゆかりさんが「いいね!(いい根)」「イエス!(家巣)」と思った、人の手による品々を買えるのが「いい根(いいね)商店・YES(家巣)STORE」というわけ。
愛媛のしめ縄職人・上甲清さんによる藁細工。稲藁作りから当初はひとりで行っていたそうで、現在はお孫さんと2人で制作をしている。その模様が会場内で上映されている動画でも確認できるのでぜひ足を止めて観てほしい。
藁細工単体で見ても、手仕事によるその造形、ディテールの細かな美しさに驚く。動物の仕草、形を特徴的に捉えつつポップアートのようにキャッチーな愛らしさもあって、工藝品のクリエイティブな側面に気付かされた。
ギャラリーツアーで展示を巡る中で「安心できる居場所」という言葉が印象に残った。一見、便利な東京での暮らし。表参道・原宿の街にも人やモノが集まり、さまざまな事柄が私たちを楽しませてくれる。しかし、本展における暮らしや住まいという視点で見れば、東京という都市に住む多くの人には、何らかの不安が常に付き纏うのではないか。
高騰する家賃や固定費はもとより、先のコロナ禍でもそうだったように、病の流行やあるいは災害によって日常生活がいっぺんにひっくり返る可能性もある。野村友里さんや壱岐ゆかりさんが直面している、再開発という公共事業や政治に翻弄されることもしばしばだ。
機能と人口が集約されているからこそ、さまざまな情勢の影響を受けやすいのが都市の宿命ともいえよう。事実、惜しまれつつなくなってしまう店舗、取り壊されてしまう建物は多い。
神宮前エリアの再開発によって今の場所を離れなければならない野村友里さん、壱岐ゆかりさんの両人にとっても他人事ではない。「私たちとしても自分ごととして」とツアーで話していた通り、「住」ひいては暮らしについて真摯に向き合った過程が展示には詰まっている。
「一周して最先端」。茅葺き職人の相良さんの一言に、感銘を受けたことが野村友里さん、壱岐ゆかりさんにとってかなりのインパクトがあったとも話していた。田舎やかつての農村風景の暮らしに不安定な現代を生きていくアイデア、そして「安心」が詰まっているのかもしれない。
実際に茅葺の小屋に寝っ転がってみると、表参道のど真ん中で感じ得たことのない安心感に包まれた。小屋の後ろには植物があしらわれ、茅との共存が表現されている。スタジオジブリの「もののけ姫」の光景を彷彿とさせた。この作品もまた、人が自然とどのように対峙するのかが大きなテーマのひとつとなっている。
会場のそこかしこに、花掛入や植物がさりげなく散りばめられているのも注目すべきポイントだ。見つけるたびにホッとする。
壁にかけられた花掛入は相良育弥さんが藁を噴き、そのときどきで壱岐ゆかりさんが神宮前周辺に自生している植物をあしらっている。自然と同様に、会期中に装飾の変化を楽しめるのも展示の醍醐味。
もとより、GYREのある表参道周辺は隠田(おんでん)という地域で今もその名前が残り、使われている。その名の通りGYREの接するキャットストリート周辺は、稲業がさかんな地域だったそうだ。詳しくはこちらの記事を参照してほしい。
GYREに掲げられた巨大なタペストリーは相良さんによるもの。稲藁を使い文明の発展と、その先にある明るい未来を表現している。上に行くたびに近代的なマテリアルを編み込んだ、本展示を象徴する創作物である。
そういったルーツを持つ場所で行われる「稲」にまつわる展示。無駄のない価値観と洗練された世界観に「一周して最先端」はあながち間違いではないと思わされる。
今一度、生活の「根」っこ、根幹である「住」の知見を増やす恰好の機会。ぜひとも日本古来から連綿と続く「最先端の安心」、その断片を表参道で目撃し体感してみてほしい。
■Life is beautiful : 衣・食植・住 “植物が命をまもる家となり、命をつなぐ食となる”
開催期間:2023年9月8日(金)〜10月29日(日)
時間:11:00〜20:00
場所:GYRE GALLERY(GYRE 3F)
主催:GYRE
展覧会企画:eatrip&the little shop of flowers
企画:野村友里・壱岐ゆかり
会場構成:中原崇志・香坂朱音
茅葺き:相良育弥
エディトリアル:石田エリ・藤井志織
グラフィックデザイン:樋口裕馬
タイトルアートワーク:角田 純
映像・写真:福田喜一
イラストレーション:三宅瑠人
翻訳:三井聡子
プロジェクトマネジメント:岡崎ちはる
PR ディレクション:HiRAO INC
協力:井上吉夫・大島農園・大橋和彰・株式会社くさかんむり・坂本大三郎・十場天伸・
十場あすか・上甲 清・竹中工務店・正田智樹(竹中工務店)・成瀬正憲・新田克比古(株式
会社新田)・仁井田本家・ハタノワタル・古川泰造・株式会社脇プロセス・majotae(エイ
ベックス・エンタテイメント)
Text & Photo:Tomohisa Mochizuki