
大山エンリコイサム、MIKA TAMORIら出展作家が直々に作品を紹介
表参道・GYRE内、GYRE GALLERYでは終戦記念日である8月15日〜9月25日の約1ヶ月間、戦争と美術史をテーマとした企画展「ヴォイド オブ ニッポン 77 戦後美術史のある風景と反復進行」を開催している。身近に戦争を感じる今こそ、戦争の断片を原宿で感じることができるかもしれない。せっかくなのでより詳しく展示について知るために、ギャラリーツアーに足を運んだ。
この展示は戦後の美術家たちの作品と、新しい世代の美術家たちの作品を対比させることによって、その連続性や「反復進行(=音の高さが変化しつつ同じ楽句を反復する音楽用語)」 を浮かびあがらせる試みである。要するに、繰り返される戦争の歴史の今と昔。それに対し、アーティストがどのように関わり表現してきたのか。その表現がどのように受け継がれ、反復される一方でどのように変化してきたのかを見ることができる。
個人的に大山エンリコイサムと言った好きなアーティストも参加している本展。ロシアのウクライナ侵攻の様子が連日テレビやネットで報道されているため、今年は特に戦争を身近に感じている人が多いのではないだろうか。今年は太平洋戦争が終わってから77年、そして明治維新から太平洋戦争までもちょうど77年という、戦前と戦後が同じになる年。そんな境目となる年に、戦争を経験した世代、終戦時に生まれた世代、現代の世代のアーティストが一堂に会した展覧会だ。
本展のフライヤー
具体的には、「模型千円札」で有名な赤瀬川原平さんの作品と、緻密な刺繍で一万円札を作る青山悟さんの作品が同じ展示室で紹介されていたり。この展示のフライヤー自体が赤瀬川さんの作品や紙幣をオマージュしていて、“お金”が非常に重要なキーになっている印象を受けた。
青山悟 Just a piece of fabric (2022年)
今回参加したのは初回が好評のため、2回目の開催となったギャラリーツアー。最大の魅力は、作家本人がツアーに参加し、展示作品について直接、説明してくれるところ。青山悟さんによるジェラルミンケースに入った刺繍の1万円札の作品について、丁寧に説明してくれた。
制作の工程の動画が流されたディスプレイが埋め込まれ、タイムカードが添えられている。実際の制作時間が打刻されており、東京の最低賃金を時給に換算するとこの(刺繍の)1万円を制作するのに労働力だけで5万円程度の費用がかかったそうだ。
ブラックライトで照らすと「見えざる者 消えゆく者に光を!」というメッセージが浮かび上がる。戦争は詰まるところ、お金と労働力。おびただしい犠牲のもとに、得をする者もいる。その歴史の影にまさに光を当てる作品だと思った。
加茂 昂『追体験の原風景#1』(2017年)
一見美しい風景に、空を覆う戦闘機や燃えている人間が描かれた加茂 昂さんの作品『追体験の原風景#1』。この作品は広島で被爆した人たちが当時の風景を描写した絵画を模写し、自身に取り込んだ上で描かれたもの。美しさの中に途方もない絶望を感じる。実際模写は憑依するようなもの加茂さん自身、「絵描きが模写するということは、どこからどうやって描いたかすら分かってしまう。それは非常に辛い行為だった」と振り返る。
大山エンリコイサム『FFIGURATI #89』(2013-14年)
大山エンリコイサムさんの作品『FFIGURATI #89』。普段はモノトーンの、連鎖し絡み合うモチーフが特徴の大山さんの作品に赤は新鮮な印象を受けた。キュレーターの飯田さんいわく、本人が意図したわけではないかもしれないが、戦争や繰り返される人の歴史、流される血を想起させるとして作品を選出したという。
大山エンリコイサムさんはNYと東京、2拠点で活動し、エアロゾルアート(グラフィティに代表されるような)を探求する美術家だ。ヒップホップ誕生以前から、ストリート・グラフィティ文脈における重要人物として挙げられる「ラメルジー」に興味を抱いたとき、ラメルジーの作品にも見られる赤いドリップのような、血肉を思わせる赤いドローイングを施したそう。つながり合うドローイングは遺伝子のようにも、人の交わりのようにも見え、身体性を感じさせる。
隣合う作品はMIKA TAMORIさんの「Psychotropism」。割り切れない数、素数が描かれた作品でその下に落ちている新聞紙には、生活を取り巻くニュースが貼り付けられられている。
あれ?よく見ると新聞紙がモゾモゾと動いている。思わずぎょっとしてしまったが実はこれ、MIKA TAMORIさんが中に入っているというのだ。平面作品だけでなくパフォーマンスも行うならではの演出に、ツアー参加者は一様に驚いていた。
ツアーの最後にMIKA TAMORIさんが登場。嫌なニュースがあふれ、塞ぎ込んでしまう心のあり様を表しているパフォーマンスだ。飾られた“Psychotropism”は割り切れない素数を延々と繰り返して行くうちに自分(ゼロ・原点)を見つけるという希望がセットになっているそうだ。
MIKA TAMORI“Psychotropism”(2022年)
戦後の美術家たちの作品は、時代背景を感じさせながら“古さ”は全く感じられない。若手作家たちのエネルギーに逆照射された作品たちは、鋭く、鮮烈にビジュアルに訴えかけてくる。
三島喜美代 《Comic Book 21-S》(2021年)
90歳という年齢ながら精力的に作品を作る、三島喜美代さんの《Comic Book 21-S》。高度経済成長の大量生産・大量消費をテーマに陶器で作られているという。今でいうジェフ・クーンズ(バルーンの犬のオブジェが有名な近代アーティスト)のような、とキュレーターが例えていたのが分かりやすかった。
三木富雄《耳》(1964,65年)
三木富雄さんの《耳》といった有名な作品から北村勲さんの《霊柩車浮上す》といったほとんど日の目を見ることなく、資料も残っていないという珍しい作品まで。反復と転移、そして戦争というテーマのもとで展示され、戦後から今に至るまでつづく、空虚な日本、その中に渦巻く美術家たちのパワーを感じる。
北村勲《霊柩車浮上す》(1974年)
展示タイトルにもある「ヴォイド」とは虚無、空虚を表すフランスの哲学者・ロランバルトは戦後、ヨーロッパの「意味の帝国」に対し、日本は意味への執着からの解放として「表徴の帝国」と定義したらしい。意味から解放された日本文化の自由度を言い表したということだが、転ずればそれは実に空虚であると言えるのではないだろうか。
河原 温 『作品』 (1958年)
前回の企画展「世界の終わりと環境世界」展と同様、企画にスクールデレック芸術社会学研究所所長・飯田高誉さん、企画協力として、角川武蔵野ミュージアム・キュレーター高橋洋介さんが参加。それぞれがキュレーションした戦後世代のアーティストと現在活躍するアーティストがGYREで交錯する。年代や表現の違う、一見関わりがないような作家・作品同士を並べることで、「実はこんなところにも繋がりが見出せるよね」というキュレーションが見どころ。
須賀悠介《National Anthem》(2021年)
今やその傷跡を見つけること自体難しいが、GYREの建つ表参道もかつて空襲によって戦火に見舞われている場所。さらにカルチャーの街として世界にその知名度が知られる“原宿”も大きな資本が入るとともに、表徴的になってきているという指摘もある。その中にいながら、本質を見極め、時代を生き抜く“眼”を養うには非常に有益なエキシビション。戦争の脅威と、空虚な社会とともに、これからの時代を生きていく若い世代にこそ見てほしい展示だった。
河原 温 『死仮面』(1995年)
■『ヴォイド オブ ニッポン 77』展
開催期間:8月15日(月)〜9月25日(日)
企画:飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)
企画協力:高橋洋介
参加アーティスト:
河原温、三島喜美代、中西夏之 、高松次郞、 赤瀬川原平、三木富雄 、北村勲、北山善夫、青山悟、 金氏徹平、加茂昂、大山エンリコイサム、須賀悠介、MIKA TAMORI 、国民投票
開廊時間:11:00〜20:00
開催場所:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5丁目10−1GYRE 3F
電話番号:0570-05-6990(ナビダイヤル 11:00-18:00)
※お出かけの際はマスク着用の上、こまめな手洗い・手指消毒を行い、混雑する時間帯、日程を避けるなどコロナウィルス感染症対策を十分に行いましょう。
Text & Photo:Tomohisa Mochizuki