ビデオアートの先駆者、ダラ・バーンバウムに迫る
プラダ 青山店の5Fで、ダラ・バーンバウム(Dara Birnbaum)の個展「DARA BIRNBAUM」が開催中。
>>本個展の概要(NEWS記事)はこちら:プラダ青山店にてメディアアートの先駆者 ダラ・バーンバウムの個展が開催
ニューヨークを拠点に活動するダラ・バーンバウムは、過去50年にわたりビデオ、メディア、インスタレーションなどによる作品を制作しており、現在77歳。「ビデオアートの先駆者」と呼ばれ、メディアアートの歴史を理解するうえで欠かせない人物として、多くの人々へ影響を与えている。
とはいえ、日本国内でバーンバウムの功績を知っている人はまだまだ少ないのが現実。今回の展示では、プラダ財団ならではの特別なキュレーションで、バーンバウムのことを知るために不可欠な4つの映像作品を紹介している。
ダラ・バーンバウムとは一体どんな人物で、その作品はどんなものなのだろうか?
メディアアート界の重鎮であるということ以外の情報は“ほぼ0”に近いまま、プラダ 青山店の展示会場へ足を運んでみた。
1F入り口から入ってエレベーターで5Fの会場へ到着。バーンバウムのことを詳しく知らないという人は、まずは入り口のステートメントやリーフレットのテキストをじっくり読んでから会場を回るのがおすすめ。これまでの展示と比較しても、かなりテキスト量多めだけど、事前に読んだ方が絶対に楽しめるはず。
毎回、展示内容によって会場の雰囲気がガラリと変化するプラダ 青山店5Fだけど、今回は特にこれまでとイメージが違っていた。
前回のサイモン・フジワラ「Who the Bær」や、前々回の「ロール・プレイ」は、窓全体が覆われた薄暗い空間だったのに対して、今回は窓から日の光が差し込み、元々の内装をそのまま生かした空間となっている(建築学を学んでいたルーツを持つバーンバウムの意向によるものだそう)。どこを写しても美しい。
今回は晴れた日の昼過ぎに訪れたけれど、天候や時間帯によって空間の印象もだいぶ変わりそうだ。
普段はイベント等でしか使用されないという5Fフロア(一般客は基本的に入れない)。本展では、フィッティングルームとして使われている写真の空間も展示の一部として使用している(過去2回の展示では、この部分が隠されていたので、私は今回が初見だった)。
1作品目は、本展のビジュアルにもなっている作品《Kiss the Girls: Make Them Cry》(1979)からスタート。バーンバウムにとって初期のビデオ作品だ。
ニューヨークから運んできたというブラウン管テレビ2台に映し出されるのは、当時、テレビで人気だったゲーム番組『Hollywood Squares』のさまざまなシーンをつなぎ合わせたビデオ。登場するのは、知名度が底辺まで下がった女優や俳優たちで、引きつった笑いや泳ぐ目、突飛な手振り、今にも首が折れそうな三度見の動きなどを強調している。
音楽も相まって一見ポップな映像にも見えるが、続けて観ているとどこか不気味にも見えてくる。バーンバウムらしい、皮肉たっぷりな作品だ。
ブラウン管テレビには、時折自分の姿が反射して映り込むことがあって、これも「鑑賞者はアートの一部」と話すバーンバウムの演出のひとつなのかもしれない(もしかしたら)。
先ほど紹介したフィッティングルームの中へ入ると、《New Music Shorts》(1981)がお目見え。こちらも初期のビデオ作品で、本展用に再現したものである。
フィッティングルーム内にある小さなモニターに映し出されている映像は、ニューヨーク市ダウンタウンで開催された2つのライブ映像の切り抜きを編集し、構成されたもの。
映像には、観客のクローズアップやライブ中に偶然起きた雷嵐も映し出しされており、コンパクトながらも臨場感を味わえる作品になっている。
もう1つのフィッティングルームに展示されているのは《Bruckner: Symphony No.5 in B-Flat Dur》(1995)。
こちらの作品では、ブルックナー交響曲(オーストリアの作曲家、ヨーゼフ・アントン・ブルックナーが1875-76年に制作)に関する2つの異なる解釈への洞察を示している。
画面に映し出されるのは、2人の指揮者(オットー・クレンペラーとヴィルヘルム・フルトヴェングラー)と楽譜の映像。ルーム内にある2つのコンポジットステレオトラックからは、各指揮者の解釈によるブルックナー交響曲の一部が流れてくる。
本作品は1995年に制作されたものだが、プラダ 青山店の展示では、バーンバウム自身が会場に合わせた2つのパートを選び、新バージョンとして初公開しているそうだ。
映像を観ながら耳を澄ませて、それぞれの「解釈」を考察してみてほしい。
最後は、今回の展示でいちばんの大型作品となる《Arabesque》(2011)。4つの画面からなるビデオインスタレーション作品だ。
かわるがわる映し出されるのは、ピアノを演奏している映像や、映画のワンシーン、黒い背景に浮かぶテキスト。
本作品は、ロマン派の作曲家夫婦、ロベルト・シューマンとクララ・シューマンの活動人生とそれぞれが遺した異なる功績について考察している。
4つの画面のうち、左側2つは夫・ロベルト、右側2つは妻・クララの作品を演奏した映像(動画投稿サイトなどから集めたもの)を写し出しているのだが、明らかにロベルトの映像のほうが多く、クララの作品を演奏する人は少ないのが分かる。
というのも、クララは才能ある作曲家だったのにも関わらず、夫・ロベルトの存命中はずっと陰に隠れた存在だったからだ。
シューマン夫妻を描いたハリウッド映画『愛の調べ』(1947)では、おしどり夫婦として美しく描かれたふたりだったが、実際にはクララは8人の子供の子育てと育児に追われる中、売れない作曲家だった夫を支えることに専念する毎日だったと言われている。
同じく表現活動を続ける女性として「女性の権利」を訴えるバーンバウムならではの想いが込められた本作品。黒背景に映し出されるバーンバウムのエッセイ文とあわせて、じっくりと鑑賞して欲しい。
作品数も少ないことから、会場に入ったときは正直「いつもより物足りないかも?」と、一瞬頭の中に不安が浮かんだ。しかし、実際に観終えてみると、たった4作品とはいえ、それぞれにバーンバウムの想いやユーモアあふれる皮肉、制作当時の時代背景が反映されていて、いい意味で重みのある、見応え抜群な個展だった。