
青い暗闇のなかに浮かぶ、それぞれの「ロールプレイ」
ロールプレイングをテーマにした展覧会「Role Play(ロール プレイ)」が、プラダ青山店にて開催中。
本展をキュレートしたのは、アメリカで作家・教授として活躍し、急進的フェミニストとしても知られるメリッサ・ハリス。現代社会に蔓延する理想化されたロールプレイング(=役を演じること)、または分身の創造、自己の拡散、などを切り口とする本展では、5組6名のアーティストが、代替可能かつ理想化されたアイデンティティを模索・投影し作り上げる概念について探求している。
表参道駅を出てから徒歩約2分、プラダ青山の5Fが今回の展示会場。普段は開放されていないフロアだ。
スイスの建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)による設計で知られている青山のランドマーク的ビル。夜はもちろん、晴れた昼間に見ると艶やかで美しい。
1Fで受付を済ませたあと、エレベーターで会場へ案内してもらった。実は、ここからすでに展示がスタートしているとのこと。
エレベーターの中で聴こえてくるのは、ドイツ出身のアーティスト、ベアトリーチェ・マルキ(Beatrice Marchi)による創作キャラクター、ケイティ・フォックスの楽曲《Never Be My Friend》。R&B調のサウンドにのせられているのは、ケイティが思春期に経験したエピソードがテーマとなった歌詞。友人たちとチャットで口論した内容を元にしたという、皮肉たっぷりな楽曲だ。
(1Fから5Fまでの間ではとても聴ききれないので、家に帰ってからSound Cloudでもう一回聴いてみた)
5Fに着いて、エレベーターを降りると雰囲気は一変。そこはクリエイティブ・エージェンシー「ランダムスタジオ(Random Studio)」が手がけた青一色の世界。青といっても、明るい青ではなく、まるで海の底のような深くて暗い青だった。これらは視覚的なホワイトノイズを緩和し、各作品と鑑賞者の結びつきを強化するために施されたインスタレーションなのだという。
ステートメントをじっくり読みながら会場全体を見渡すと、今回出展されている写真や映像といった作品が、それぞれ青い闇の中にくっきりと浮かび上がっていた。
Juno Calypso《Die Now, Pay Later》2018
本展のメインビジュアルにもなっている、イギリス出身のアーティスト、ジュノ・カリプソ(Juno Calypso)によるセルフポートレートシリーズ《What To Do With a Million Years?》は全部で4作品。
Juno Calypso 《What To Do With a Million Years?》2018
舞台は大豪邸。ピンクのバスルーム、シャンデリア、プールなど、キュートで煌びやかな内装が印象的。でも実はここ、冷戦時代にラスベガスの大富豪が「核シェルター」として建設した地下8mの邸宅なのだという。
この邸宅を発見したカリプソは、管理人とFacebookで何ヶ月も交渉した結果、出入りを許され滞在しながら作品を制作した。つまり、まったく見知らぬ家族の家で、一人で寝泊まりしながら「ロールプレイ」した作品なのである。
HARUKA SAKAGUCHI,GRISELDA SAN MARTIN《Typecast Project》2019
こちらは、写真家であるハルカ・サカグチとグリセルダ・サン・マルティンによる《Typecast》プロジェクト。
一見、シンプルなポートレートにも見えるが、スライドショーを眺めていると、どこか違和感を覚える。なぜなら、同じ人物が全く異なるキャラクターで登場するから。
HARUKA SAKAGUCHI,GRISELDA SAN MARTIN《Typecast Project》2019
2人は、俳優のグループに「普段演じられるように求められるステレオタイプのキャラクター」と「実際に演じたい理想のキャラクター」をアンケート調査した。それらを視覚化したポートレートをスライドショーで比較していく。そう、これは米国の映画業界やエンターテイメント業界を風刺した作品なのだ。
そこには、ハリウッドが抱える「人種と民族性の欠如」の問題や、メディア業界における「人種的偏見」の問題がはっきりと映し出されていた。
澤田知子《OMIAI♡》2001
写真家・澤田知子によるポートレート作品《OMIAI♡》は、30種類の「お見合い写真」がズラリと並んでいた。実はこれ、すべて澤田知子本人なのだという。
フェミニストでありながらパフォーマーとしても活躍する彼女は、自らを「撮らない写真家」と称しており、絶えず自身の外見に変化を与えながら作品を制作している(この写真は婚前写真専門のスタジオで撮影したそう)。
衣装やウィッグ、メイク、体重を増やすなどして表現された30種類の女性キャラクターは、言うまでもなくすべて同じ内面を持った同一人物。なのに、なぜか人柄まで違うように見えてしまうのだから不思議……。一体「外見が持つイメージ」って何なんだろうか。
Bogosi Sekhukhuni《Consciousness Engine 2: absentblackfatherbot》2014
最後に、会場の中でも圧倒的存在感をみせていたビデオインスタレーション、ボゴシ・セククニの《Consciousness Engine 2: absentblackfatherbot》。
2つのモニターに映し出された顔は、アーティスト本人とその父親。とはいえ、本人の写真ではなく、アニメーション化された会話型のアバターである。
疎遠になった父親との関係を、技術シミュレーションを用いて再生しようと試みているのだそうで、かつて親子が交わしたFacebookチャットのやり取りをロボットの声で読み上げているのだが、ずっと眺めているとどこか切ない気持ちになってくる。
最後にもう一度ステートメントを読んで、会場をあとにした。
青い暗闇の中にずっといたからか、外に出たら建物が眩しかった。
さまざまな形の「ロールプレイ」を目にして、考えてみた。例えば、身近なところでいうと、InstagramやTwitterなどのSNS、オンラインゲームなどには、理想の自分を叶えた「化身」がたくさんいる。
表向きの人格で書く文章や、加工アプリで加工した理想の自分、架空のキャラクターとしてゲームする自分。それらの「ロールプレイ」はいつの間にか当たり前になっていて、なんの違和感も感じなくなってきているのが、ちょっとこわいけど、それでいい気もしている。
アイデンティティを見つめ直すというとなんだか難しいけれど、日々ロールプレイする自分がいるならば、それらを思い返して「自分はどうありたいのか」「自分は何者なのか」そんなことを考えてみるといいのかも知れない。
■概要
Role Play
開催日:2022年3月11日(金)~6月20日(月)
時間:11:00-20:00 (※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、入場制限を行う可能性あり)
入場料:無料
場所:プラダ青山店 5F (東京都港区南青山5-2-6)
一般お問い合わせ:0120-45-1913 (プラダ クライアントサービス)
※お出かけの際はマスク着用の上、こまめな手洗い・手指消毒を行い、混雑する時間帯、日程を避けるなどコロナウィルス感染症対策を十分に行いましょう。
※敬称略
Photo & Text:miwo tsuji
