
かわるがわる変身する“Who”は何者?
(2022/12/15)
プラダ青山店の5Fで、サイモン・フジワラの個展「Who the Bær」が開催中。サイモン・フジワラは、ベルリンを拠点に活動する、ロンドン生まれの現代アーティスト。絵画、インスタレーション、彫刻、映像などさまざまな手法で独自の世界観を表現するフジワラの作品は、世界各国の著名なギャラリーで展示されている。
今回の展覧会で描かれるのは、クマ(?)のキャラクター“Who”の物語。特定のアイデンティティを持たないWhoがさまざまな人やものに変身しながら、世の中に蔓延る「イメージ文化の力」と「見せかけだけのSNS」に疑問を投げかける。
Whoとは一体何者なのだろうか?
その正体を確かめに、とある平日のお昼、プラダ青山店へ足を運んでみた。

Focus:ここがみどころ!サイモン・フジワラ「Who the Bær」
・“Who”は一体何者?
・セクションごとに異なる、Whoが伝えたいこと
・鉛筆、アクリル、コラージュ、立体、映像…多彩な表現

エレベーターに乗って、プラダ青山店の5Fに到着すると、さっそく「Who the Bær」の物語がスタート。会場全体は、前回の展覧会「ロール・プレイ」よりもポップでユーモラスな印象だが、どこか異様な雰囲気も感じる。
今回の展覧会では、2020年コロナ禍における最初のロックダウンの頃に生まれた「Who the Bær」という物語が描かれる。物語の主人公は“Who”。一見、くまのプーさんやパディントンを思わせる可愛いクマだけど、よくよく見れば長い舌と、滴るようなハチミツらしき液体が、奇妙な雰囲気を漂わせている。

会場はA〜Eまで、5つのセクションに分かれており、それぞれ異なるテーマが設定されていた。しかし、どの作品も主役は“Who”。どこを見渡しても、Who、Who、Who……。とにかくWhoだらけだ。

まずは、1つ目のセクション「Whoの紹介」(INTRODUCING WHO?)から。
本の表紙をモチーフにしたコラージュ作品が「Who is Who?(Whoって誰?)」と問いかけるが、もちろんWhoが何者なのかは、まだ誰にも分からない。

隣のディスプレイでは、軽快なBGMとともにアニメーションが流れ、Whoが何者なのかをひたすら探り続ける。けれど、Whoの正体はやっぱり分からない。なぜなら、Whoは特定のアイデンティティを持たない存在だから。ジェンダーも人種もセクシャリティも、何もかも決まっていないのである。

2つ目のセクションは「Whoの成り立ち」(BECOMING WHO?)がテーマ。
Whoが考える、“人間のイメージ”を表現した作品が並び、異性愛や性別二元論、宗教、家族構成など、知らず知らずのうちに支配されている「こうあるべき」というイメージについて考える。

Whoが扮するのは、環境保全のために戦う活動家からテック企業の重役、ジェンダー活動家など。それぞれの作品について、何に変身しているのかをしっかり紐解いていくと、より深い視点で展示を楽しめる。

3つ目のセクションは「Whoの世界」(WHO’S WORLD?)。
文化の盗用をメインテーマに、人種差別や奴隷制度、植民地時代の暴力といった複雑な問題へ踏み込んでいくWho。一見ポップにも見えるが、植民地の支配者や探検家、遺物などに変身するWhoの姿には、異文化を単純化して作り変えた「イメージ」が蔓延する世界への皮肉が込められている。

4つ目は「Whoの博物館」(WHO’S WHOSEUM)。
ここでは、モネやマティス、カラヴァッジョなど、誰もが知る名作にWhoが変身。モネの《睡蓮》を模した作品に溶け込むWhoは、よく見ると目が睡蓮の花になっていたりして、その必死な姿に思わず笑ってしまいそう。

こちらはカラヴァッジョの《バッカス》に扮したWho。長い舌と飛び散るハチミツ(?)が気味の悪さを醸し出している。

数々の芸術作品に変身したWho。しかし、それだけでは気が済まなかったようで、最終的にはグッゲンハイム美術館を模した「Whoゲンハイム」にまで変身……!(すごく満足気な表情なのが良い)

最後のセクションは「Whoの過去と未来」。
少し雰囲気が変わり、アクリルとチャコールで描かれた曖昧なタッチの作品は、これまででいちばん「イメージ(Whoの記憶の中)」という印象を受けた。
描かれているのは、シンデレラやアリスなど有名なおとぎ話のワンシーンで、その中にWhoがぼんやりと溶け込んでいる。これらは、おとぎ話における男女の役割や白人・黒人といった「イメージの刷り込み」の問題が表現されているそうだ。

そして、ラストに登場するのは、『オズの魔法使い』に出てくるブリキの木こりをモチーフにしたロボット型のWho。とはいえ、ブリキというのはあくまでもイメージ。胴体部分は段ボールで作られているそう(近づいてよーく見てみると、ほかにも面白い仕掛けがいっぱいある)。

足元のスイッチを踏むと「もしも心があったら」の曲を歌いながら踊り出すロボットWho。胸元の扉が開き、スクリーンにはハートをモチーフにしたGIFのアニメーションが流れる。その下には、SNSで使われるいいねマークやハートマークなどがグルグルと回っていた。SNSのいいねを求める人間と、ハート(心)を探す旅に出るWhoが表現されているのだそう。それを聞いたとき、なんだか切ない気持ちになった。
ここで紹介したWhoの姿はほんの一部。Whoの正体は、このあとのフォトロールとプラダ青山店の会場で考えてみて欲しい。
写真で振り返るサイモン・フジワラ「Who the Bær」
会場を訪れる前から気になっていたベアのつづり。「Bear」じゃなくて「Bær」。案内をしてくれたプラダの方に、その理由を聞いてみたところ、特に大きな意味はないそう。「Bær」はロゴのようなもので、普通のベア=熊ではないというところからこの表記になっているとのこと。

プラダ青山の建築に扮したWho。なぜだろう、どこか浮かない表情をしている。
中国の陶磁器を思わせる花瓶から顔を出すWho。はちみつの壺に入ったくまのプーさんにも見える。
アンリ・マティスの《Dance》に変身したWho。スマートフォンで音楽を聴きながらダンスをしている(笑)。
「Whoゲンハイム」前には、小さなWhoがズラリ。1つ1つの作品を、細かい部分まで観察するとより楽しめる(2周してもいいかも)。
後ろに回らないと気づかないのだが、ロボットの裏側はスケルトン。モーターの仕組みや、中で回っているアイコンまで細かく見ることができる。
ロボットの裏側には、もうひとつこんな細かい演出も。作品のテーマでもあった「ハート」をモチーフにした鍵がかかっている。
来場者全員に配布している、本展オリジナルのポストカード5枚セット。入場料無料の展示なのにスゴイ……!(大切にします)
■概要
サイモン・フジワラ「Who the Bær」
開催日:2022年10月15日(土)〜2023年1月30日(月)
時間:11:00-20:00
入場料:無料
場所:プラダ青山店 5F (東京都港区南青山5-2-6)
一般お問い合わせ:0120-45-1913 (プラダ クライアントサービス)
Text&Photo:miwo tsuji