
不思議で愛しい、身体に“肉迫”する視覚旅行
自分の身体はいったいどんな形をしているのだろうか。もっとも身近でありながら、その全体象は第三者の視点と鏡に映った姿でしか見ることができない。そんな“肉体”に着目し、作品を描き続ける田口愛子さんの個展「Bodyscope」が南青山・Feb gallery Tokyoで開催中だ。プレビューに足を運んだので、田口さん本人の言葉とともにレポートしたい。
Focus:ここがみどころ!田口愛子「Bodyscope」
・無秩序に描かれていながら人間の“肉体”と分かる不思議
・新作とともに以前「Body」シリーズと並行して描かれた旧作シリーズも展示
・日没とともに作品を90度回す仕掛けに2度(4度かそれ以上?)驚く
入り口にはGoogleストリートビューを題材に、変形させた“肉体”と組み合わせた作品が展示されていた。近年、制作し続け好評を得てきた田口さんの代表的なシリーズだが、今回の展示では「Bodyscope」のタイトル通り、“肉体”の深部へと潜りこむ。ずっと田口さんがテーマとしてきた“肉体”の奥の奥に迫るのが本懐となっている。といっても、ヌードをモチーフとした写真作品とも違う、今まで見たことのない“肉体”を見せてくれる内容となっている。
田口さんはロンドンの芸術学校であるセントラル・セント・マーチンズ(著名なデザイナーを輩出しているので、ファッションが好きな人にもお馴染み)のファウンデーションコース修了後、おなじくロンドン市内に位置するウィンブルドン・カレッジ・オブ・アートで芸術を学び、現在は東京を拠点に活動しているアーティストである。 そもそもどうして“肉体”を描くことに田口さんは注力するようになったのか。
田口さんが“肉体”に着目したアート作品を作り始めたのは在学中のとき。そもそもは自分が何を描きたいのかを考えた際、写真を撮り溜めていく中で人が映っているもの、特に身体が好きだと気づいてから“肉体をコラージュし、モチーフにしてきたという。
キュレーションしたFeb gallery Tokyoの藤井アンナさんいわく、今回の新作は「肉感マシマシ」の作品とのこと。柔らかそうな輪郭が密集するその様は、溶けるように歪み、自分たちが知っている身体の原型を留めていない。しかし、それでも人間の身体を描いていることを瞬時に理解できるから不思議だ。人間の脳はよくできているのだなと実感した。
Feb gallery Tokyo名物、企画展ごと変わるモニター映像は、映像作家でもある藤井さんと田口さんとの合作。ふくよかでやわらかそうな質感が絵画作品からも伝わってくるが、うねうねと波打つようなモニター映像はより“肉感”マシマシだ。
今回の展示について、田口さんは「少し不安だったけど、ギャラリーの後押しもあって、励みになった」と話してくれた。これだけ、“肉体”にのみフォーカスした作品を集めた展示は田口さんにとってもギャラリーにとっても、チャレンジングな「攻めの展示」とのこと。
そんなチャレンジングな工夫は、作品だけには留まらない。天地のない正方形の作品構造を活かし、日没とともに90度づつ回転する仕掛けが展示期間中行われているのだ。この回転により、さきほどとはまるっきり別の作品が浮かび上がってくるのが面白い。回転させるアイデアは、ギャラリーからの提案だったそうだ。田口さんとFeb gallery、二人三脚で作り上げた「Bodyscope」をぜひ下の写真をスクロールしてチェックしてみてほしい。
写真で振り返る田口愛子「Bodyscope」
スキャナーを使い、ズラすことで歪ませた初期作品。
日本帰国直後に制作したという作品では、元ネタとなっている本物の写真に存在しない人物が現れたり、田口さんのイマジネーションと表現の源泉が見てとれる。そんな作品たちを囲むように艶かしく、肉肉しい作品たちが並ぶ。
「どちらかといえば今回の作風は海外の人の方がウケが良いかもしれない」と田口さんは言う。実際にSNSにアップした作品のいいねは海外からのものが大多数だった。その反応の違いも興味深い。
日本はとくに身体のラインを隠す傾向が文化的にあり、さらには細いことが正義的に語られることが多いが、人から見られる「身体」へのコンプレックスが強いことが起因しているのだろうか。などと想像してみる。
田口さん自身、こうあるべきという身体へのある種の強迫観念は日本に帰ってきてからより強く感じるようになったという。久々に会った知人からの何気ないひとことに傷つくこともあったそうだ。そういった経験が、より“肉体”の奥に潜り込む、今回の展示のモチベーションにもなったのではないか。
田口愛子さん。お祝いの花を片手に作品の前で撮影させていただいた。
美術高校に在学中のこと。石膏の課題で筋骨隆々の石膏像をデッサンしていたはずなのに、なぜかぷるんとした輪郭になってしまったというエピソードを明かしてくれた。「自然と丸みのあるラインに惹かれてしまう」と笑う田口さんだが、そんな作品も見てみたい。
作品を90°回転させるの図。
日没になると、作品をFeb gallery Tokyoのスタッフがひとつひとつ丁寧に回転させる。基本的には日没ごとだが、「回転した絵を見たい!」という人は声をかけてみたら回してくれるかもしれない。
例えばこちらのいちばん手前の作品を回転させてみると...。
こんな感じに。
見えていなかった線やパーツが浮かび上がってくるように違った印象を与える。人間の脳、ひいては肉体の神秘を体感することができた。
顔のようにも別の生き物のようにも見えたり、見る角度によっても見え方が変わってくる。
ずっと作品を見つめていると、身体というフレームから開放された肉たちが喜んでいるようにも見え、愛らしさを抱かせる。
友人たちも田口さんの元を訪れていた。
普段身近に存在している肉体。もっとかっこよく、もっと細く、太く、いろいろ自分の身体について思うことはあるかもしれないが、田口さんの自由な“肉体”の作品を見ていると、「ありのままを愛そうよ」と言われているような気持ちになる。本来、田口さんが描くように“肉体”とはエネルギーに満ちていて、自由であるべきなのだから。
■田口愛子(Aiko Taguchi)個展「Bodyscope」
開催期間:11月11日(金)〜11月27日(日)
営業時間:13:00 〜 20:00
開催場所:Feb gallery Tokyo
住所:東京都港区南青山4−8−25
電話番号:03-6459-2062
Text & Photo:Tomohisa Mochizuki
