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COLUMN Dior表参道

CATEGORY : ARCHITECTURE

服と建築のちがい

つい先日のことである。Tシャツを着ようと首を中に突っ込んだところ、襟の部分に頭頂部が引っかかって上手に着ることができないという経験をした。こんなこと良くあることだろうと思う。実際いつもの私なら特に気にも留めないのだが、その時は妙な気持ちに駆られ、しばらくそこに「滞在」してしまった。窓から差し込む太陽の光が、Tシャツの生地を通り抜けることで、温かく、居心地のいい空間を作りだしていたからだ。テントの内部のような、やわらかい空間。なんとも間抜けな立ち姿をしていただろうと思うが、その時にふと考えたのだ。もしも服が10倍の大きさに膨れ上がったら、それは建築と言えないだろうか。あるいは、こうも考えられる。テントのような空間がだんだんとしぼんでいき、最終的に身体に張りついてしまったら、それはもはや、服と呼べないだろうか。寝袋なんかは、ちょうど服と建築の間に位置しているかもしれない。服と建築のちがいについて、明確な境界を述べることは、意外と難しい。むしろ「身体を覆い、風雨や寒さから身を守るもの」という機能において、服と建築は同じである。さらに言えば、「個性を表現するもの」という点でも近しい。どちらも色や形、またその組合せによって、自身の性格や思考をアピールすることができる。共通点を挙げればキリがないのだ。

 

ところが、最大にして、たったひとつのちがいがある。素材だ。建築は、とてつもなく大きい。だからその形状を維持するために、鉄やコンクリートといった堅くて丈夫な素材に依存しなければならない。重力の影響を、無視できないのだ。それでは服の場合はどうだろう。やわらかな生地と私たちの皮膚に挟まれた空間は、人間の所作や風の動きに合わせて、絶えず、軽やかに変化していく。建築は、服の持つこの軽やかさに憧れ続けてきた。「カーテンウォール」や「スキン」といった建築用語が、何より布地へのコンプレックスを物語っている。どうしたら服みたいに軽やかな建築をつくれるだろうか。2003年12月。妹島和世氏と西沢立衛氏率いるSANAAは、そんな建築家たちの長年の問いに、ミニマルな形態で解答を出した。ディオール表参道である。

Text:Taro Kagami 

 

 

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