Diorのゆらめき
クリスチャン・ディオールがファッションの世界に与えた数々の衝撃について、今もって改めて言及することはおこがましいかもしれない。しかしそれは、ひとことで言えば、シルエットの革命であった。センセーショナルなデビューを飾った8ラインをはじめ、チューリップライン、Hライン、Yライン等。クラシカルでありながら、強い現代性を伴ったその輪郭線は、女性らしさを幾度となく再定義した。疑う余地のない”New Look”の到来。
ファッションデザイナーとしての活動は40歳から52歳までの短期間でありながら、女性のファッションスタイルに大きな革命を起こしたクリスチャン・ディオール氏
出典:FAMOUS FASHION DESIGNERS
しかし妹島氏と西沢氏は、Diorの代名詞とも言うべきそのシルエットには、敢えて、固執しなかった。むしろ、どんなにシルエットが変わろうとも、決して変わることがなかったあるひとつの要素に注目したのである。ドレープだ。Diorのドレスは、そのアウトラインが強烈な個性を規定しているようで、浮遊感漂うドレープのゆらめきによって、時々刻々とその表情が変化していく。
建築において、一体どうすればこの魅惑のゆらめきを表現できるだろう。SANAAが出した答え。それは、まるでDiorのスカートのようなヒダ状のうねりを帯びたアクリルスクリーンで、建築の四方を囲うことだった。アクリルは、ガラスと同程度の屈折率を持ちながらも、ガラスよりも軽く、柔らかい。しかもよくよく見ると、8ミリピッチでストライプ状にセラミックプリントが施されており、まるでレースのように白く、半透明になっている。
夜のDior表参道。うねるアクリルの壁面がドレスのドレープを想起させる
建築の素材とも、服の素材ともとれない新しい質感。このアクリルで出来た「服」よって、建築を支える内部の構造体は隠され、床と天井にかかる重力は完全に消失したように見える。また、外からは一見すると8階建てのようだが、実際は4階建てである。店舗フロアと設備室フロアを交互に重ね、それぞれの階高をランダムに設定したことで、まるでマジシャンの壮大なイリュージョンにより建築の床がプカプカと浮いているような、異様な無重力感を帯びているのだ。その意匠によって、建築はついに、服の軽やかさを手に入れた。