【オモハラみんなのフォトアルバム】ここ、どこだかわかる?表参道・原宿の今昔 編集部に寄せられたさまざまな年代の街の写真を比較!
メイン画像写真提供:髙橋義雄
提供者の思い出とともに表参道・原宿の街の、過去と現在の姿を紹介する「オモハラみんなのフォトアルバム」。旧くは100年前(!)からの写真が編集部まで数多く寄せられています。
ご提供いただいた写真を見ながら、「あの場所はこんなだったのか!」「今こうなってるんだ!」など私たちも発見だらけ。そんな「オモハラみんなのフォトアルバム」の中から、本記事ではオモハラエリアを象徴する場所の現在と昔のギャップが明確に分かる写真をピックアップしてみました。
ちなみに、記事一番上の画像、どこか分かりますか?
答え合わせは【フォトアルバム】の該当記事にてチェック。
イメージしながら、表参道・原宿の変遷に想像を巡らせて読んでみてください。
目次
① 1950年代の表参道ケヤキ並木
② 1960年代・表参道 富士鳥居
③ 1980年・表参道歩行者天国とコープオリンピア
④ 1980年・コープオリンピア CASA MODA Tiffany
⑤ 1980年・開業2年目の初々しいラフォーレ原宿
⑥ 1967年・遊具のあったキャットストリート(旧渋谷川遊歩道)
⑦ 1974年・幼馴染と遊んだキャットストリート
⑧ 1977年・セントラルアパートにあった「レオン」が映る写真
⑨ 1973年・同潤会青山アパートメントと表参道
⑩ 1977年・冬の表参道 Dior表参道はその昔、ブティックだった!
①1950年代の表参道ケヤキ並木
写真提供:富士鳥居
これが表参道、と言われてもちょっと信じがたいかもしれませんが紛れもなく表参道の写真です。写真右上に映るのは現在も表参道で商いを続ける新・古美術を扱う富士鳥居さん(創業100年以上、現在ビル点検のため5月まで休業中)が映っていますね。雪が降るとスキーしていた話は富士鳥居さんも聞いたことがあるようです!
同じ場所の現在の写真

この街を象徴するメインストリート。中央分離帯、歩道橋、渋滞する車、その様相は全く違う場所へと変貌しています。 欅の木も大きくなり、富士鳥居が際立っていたかつての表参道からは想像ができないほど商業ビルが立ち並んでいます。
②1960年代・表参道 富士鳥居
写真提供:富士鳥居
①の写真に映っていた富士鳥居さんの店舗。終戦後、駐留していたアメリカ人向けに主に商いをしていたそうで、名前のシンボルである富士山と英語の表記が象徴的。隣にはキデイランドさんの前身のお店がすでにあったそうです。
同じ場所の現在の写真

2Fには「アイランド・ヴィンテージ・コーヒー 表参道店」が入居しています。現在、「富士鳥居ビル」は建物検査のため、富士鳥居は5月まで休業しているそうです。
③1980年・表参道歩行者天国とコープオリンピア
写真提供:東京おとなガレージ
原宿駅前からの表参道の風景。歩道橋がなくなってしまったことにより、当時と同じ画角では今は撮れない希少な写真です。そしてなにより歩行者天国!1977年から98年までの約20年間、休日(主に日曜日)に実施されていました。表参道での歩行者天国、体験してみたい!
同じ場所の現在の写真

歩道橋がなくなってしまったので目線の違うアングル。歩道橋がなくなり、信号が連続する交差点になったので、この辺りは歩道に収まらないほど、人が集中する場所に。
④1980年・コープオリンピア CASA MODA Tiffany
写真提供:東京おとなガレージ
最高価格帯が一億円を超える分譲価格で“億ション”のはしりとなった、原宿駅前の超高級マンション「コープオリンピア」。その1F部分には「Tiffany」というレストランが入っていました。あのブランドのティファニーとは全然関係がないらしい、というのが面白いです。「ティファニーで朝食を」への憧れを彷彿とさせます。
同じ場所の現在の写真

今はメガネ屋さんの「Zoff」になっています。奥の歩道橋がなくなったことで、明治神宮の森が見えるようになりました。隣にある式場(しきば)神経科は今なお健在です。
⑤1980年・開業2年目の初々しいラフォーレ原宿
写真提供:東京おとなガレージ
今も昔も変わらぬ原宿の旗艦ファッションビル「ラフォーレ原宿」。1980年当時はまだ建築されて2年目、屋外広告も少なく、円筒を重ねた意匠がよくわかる初々しい姿を捉えた希少な写真です。
同じ場所の現在の写真

現在は背の高い円筒の方にも広告が。ご提供いただいた写真をみると、同じ位置の広告でも現在のもののほうがサイズがだいぶ大きくなっているのが見て取れます。
⑥1967年・遊具のあったキャットストリート(旧渋谷川遊歩道)
写真提供:Commons Archive Collective
1964年に暗渠工事が完了した、旧渋谷川遊歩道ことキャットストリート。工事完了してから間もない姿は、新鮮みがあります。川だった部分が綺麗に整備されていて、遊具が置いてあったのが特徴的。90年代半ばまでは遊具が多く存在していたそうです。
同じ場所の現在の写真

昔の写真だと確かに渋谷方面を向いているのか、千駄ヶ谷方面を向いているのか分かりづらいですが、現在の写真だと一目瞭然。「ラルフローレン表参道」の隣には川だった頃の名残を色濃く残しており、橋の碑も見つけることができます。
⑦ 1974年・幼馴染と遊んだキャットストリート
写真提供:認定NPO法人 ADRA Japan・渡辺千里
手前に映る2人の左側は提供者ご本人。幼馴染とキャットストリートに公園があった頃に遊んだ素敵な思い出を写真とともに寄せてくれました。そのなごやかな雰囲気が伝わってくる一枚。キャットストリートが生活の道として使われていた時代を象徴する写真です。
同じ場所の現在の写真

⑥の写真とほぼ同じ場所からよりキャットストリートを正対に見たアングル。ラルフローレン表参道のすぐ脇、ここに白い屋根付きの砂場があったというから驚きです。すっかりとその様子は変わって、今は半分がスロープになり、面影はほとんど見つけられず。多くの人が行き交う通りとして親しまれています。
⑧1977年・セントラルアパートにあった「レオン」が映る写真
写真提供:髙橋義雄
セントラルアパートの1F部分に軒を連ねていた「福禄寿飯店」、そして「レオン」が映る写真。「レオン」ができたのは1960年代頃(昭和30年代後半)頃。デザイナーやクリエイターが集まる大人の社交場だったとのことです。憧れと同時に、大人になって足を運ぶと、ならではの空気感に近寄りがたさも感じたそう。
同じ場所の現在の写真
セントラルアパートは東急プラザ表参道「オモカド」になり、1階部分は「トミー ヒルフィガー 表参道店(TOMMY HILFIGER)」と「マークジェイコブス(MARC JACOBS)表参道」になっています。
⑨1973年・同潤会青山アパートメントと表参道
写真提供:髙橋義雄
2003年まで今の表参道ヒルズの場所にあった「同潤会青山アパートメント」。まるで広告の写真やポスターのような1枚です。同潤会青山アパートメントの存在感と壁の質感とともに、街の雨上がりの匂いまで感じます。
同じ場所の現在の写真

現在は、表参道ヒルズの中央部分にある横断歩道の向かい側あたりの場所になります。表参道ヒルズも今年開業20周年のメモリアルイヤー。安藤忠雄の建築の中に、ブランドショップがずらっと並んでいることが一つの街の風景として馴染んでいます。
⑩1977年・冬の表参道 Dior表参道はその昔、ブティックだった!
写真提供:髙橋義雄
同潤会アパートとケヤキ並木側の歩道、オリエンタルバザーと日本看護協会側の歩道、その両側をうまい具合に入れられる角度を選んで、歩道橋上から提供者の方が撮った写真です。ブティックだった場所はもともと駐車場で、突然現れた印象があると話してくれました。今も昔もビルというものは街に突如現れ、サプライズを届ける存在だったようです。
同じ場所の現在の写真

街は格段に近代化され、洗練された空気をまとっています。華やかな建物や店舗が軒を連ねている中で、負けじとその存在を主張するケヤキの姿が印象的。50年での成長が感じられます。ブティックだった場所は「DIOR表参道」がそびえています。
時が経ち、ケヤキの木々が太く育つように、街の姿も大きく変わりました。かつて近所の子どもたちが遊んだ道は、今や海を越えて訪れる人々を惹きつけ、様々な言葉が交差する通りへと成長しています。
それでも、新しい文化を楽しむ街の熱気は、昔も今も変わりません。
見慣れた景色も、初めて訪れる場所も、そこに穏やかだった街並みがあったことを重ね合わせてみてください。きっと違った街の魅力が浮かび上がってくるはず!
>>今と昔の写真10選:Vol.1をチェック
写真提供にご協力いただいた皆様にあらためて感謝するとともに「オモハラみんなのフォトアルバム」では、引き続き皆様の思い出の一枚をお待ちしています。
- マネージャー
- 望月トミー智久
tommy


























