
北青山・ゴールドウイン本社1Fで、ヒマラヤ山脈20年の旅路を辿る
写真家・登山家の石川直樹さんが2024年、地球上にある14座すべての登頂と撮影に成功した。その記念として開催されているのが「With the Whole Earth Below」展だ。この展示のユニークな点は、ゴールドウイン本社の1F部分を展示スペースとして使用していること。ゴールドウインは石川さんの活動をサポートするザ•ノース•フェイス(THE NORTH FACE)の運営会社である。
表参道・原宿をよく訪れる人にはおなじみ、明治通り沿いにはゴールドウインの各ブランドが軒を連ね、その周辺にもアウトドアブランドのショップが集まっている。いまやこのエリアを巡るだけで主要なアウトドアブランドが一通り揃う状況だ。その牽引役を担うゴールドウイン本社で行われた、展覧会レセプションへ足を運んだ。
「With the Whole Earth Below」展 をレポート 石川直樹、14座の軌跡を写真と映像で巡る
「(周りを見渡しても)ここより高い場所はどこにもない」
14座目、チベットにあるシシャパンマ(8027 m)登頂時の石川さんの言葉だ。
2023年に表参道・GYRE GALLERYやミヤシタパークSAIで展覧会を行った石川さん。初めてその存在を知って驚いたのは8,000m峰に登りながら、中判のフィルムカメラをでその様子を撮影していることだ。
そもそも8,000mの山を登るだけでも驚異的な偉業。それに加え、荷物の軽量化が求められる極限の自然環境下でカメラを携行し、10枚撮りの限られたフィルムでシャッターを切る。一般的な都市生活者からすると、途方もない挑戦である。
しかし本人は「僕は決して登山家ではない。写真が撮れなかったら山には登らない」と語る。つまり、8,000m峰を登ることだけでなく、その光景を写真として残すことにこそ、彼の情熱があるのだ。
この日のレセプションにも登場したが、石川さんは飾らない口調とシンプルな言葉で訪れた人や活動をサポートする人たちへ感謝の気持ちを述べた。
会ったことがある人は分かると思うが、あけすけというか、ありのままの雰囲気が石川さんの魅力でもある。偉業を成し遂げながらも本人は至って自然体。会場を訪れた一人一人の言葉に耳を傾けフラットに接していた。
会場のゴールドウイン本社1Fのスペースは、もともと展示スペースとして使えるように設計されたのだろうか。天井が高く、ライティング設備も拡張性を感じられた。そこから湾曲したそこから湾曲したターポリンを緩やかに吊るし、その上に石川さんの写真が展示されていた。
この湾曲したターポリンが連なる会場設計も斬新で、一般的な展覧会のような順路がない。まっすぐ進むのではなく、山道を行くかのように右へ左へと移動することで、身体的にも新しい体験が得られる展示だ。これは石川さんが自ら提案した構成だが、ゴールドウインによる、こうした体験を提供するような試みを、これからもこの会場を利用してやり続けてほしいと思った。
2024年10月、シシャパンマ(チベット)で14座すべての登頂と撮影を達成した石川さん。しかしこの最後の一座も、一度は悪天候と別チームの雪崩事故により登頂を断念せざるを得なかった。頂上を目前にして引き返す。その決断がどれほど大変か、自分だったらと思うと想像を絶する。
しかし、何事も命あってのこと。生きてこそ、次の挑戦がある。そして困難を乗り越えたからこそ、その偉業は一層輝くのではないか。その証拠にこうして青山の街に展示された14座の風景は、息を呑むほど美しかった。
展覧会では写真のほか、実際に使用したザックやウェアを展示。さらには奥に設置されているプロジェクターにて放映されているドキュメンタリーも見どころだ。これまでの歩みを振り返りつつ、14座に登り続けた石川さんの壮絶な経験が映し出される。彼の肉声を聴くことができる貴重な映像である。
印象的なのは、どの山に登っても「大変だった」「長かった」と語るその率直な言葉。それがどれほど過酷な体験だったのかが伝わってくる。展示されたウェアに残る登攀の痕跡と合わせれば、より臨場感を持って想像できるだろう。それでも彼は写真を撮り続け、山を登り続ける。
登山中、前を行くチームの姿を撮影した直後、そのチームが雪崩に巻き込まれてしまう。そんな壮絶な経験もあった。意図せず石川さんが撮った写真が、最後の姿を捉えたものになることもあるのだ。だからこそ、彼は写真を撮り続け、その意義をカメラの前で語る。
スケールも方向性も異なるが、OMOHARAREALが表参道・原宿の変化を記録し続けることも、ひとつの使命。2016年から続く、季節ごとの表参道・原宿をフォトグラファーが撮影する企画「SEASONS」や、2025年にスタートした「オモハラ みんなのフォトアルバム」もその一環だ。石川さんの言葉は、そんな活動の背中を押してくれるようだった。
ドキュメンタリーのラストで、
「費用などの問題さえ解決できたら、宇宙に行きたい。火星には標高30,000m近いオリンポス山があって……」
と語る石川さん。探究心は地球を超え、宇宙へと広がる。まさに壮大なロマンだ。しかし、それを彼なら実現しそうだと思わせる存在感とエネルギーに、ただただ感動する。
20年以上にわたりヒマラヤを旅し、人々の暮らしや文化、登山の過程を写真に記録し続けてきた石川さん。本展はその経験の結晶ともいえる。ひとつひとつの山に語り尽くせないほどのドラマがあったというから、もし石川さんが在廊していたら話を聞いてみるのもいいだろう。石川さんの魅力も相まって展示がより楽しめるはず。
ゴールドウイン本社の1Fに広がるヒマラヤ山脈で、8,000m峰14座の世界を眺めてみてほしい。
■石川直樹 写真展「With the Whole Earth Below」
開催期間:2025年3月22日(土)〜4月20日(日)
開催場所:株式会社ゴールドウイン 東京本社 1F
住所:東京都港区北青山3-5-6 青朋ビル
営業時間:11:00-19:00(*最終日のみ15:00まで)
定休日:会期中なし
入場料:無料
Text & Photo:Tomohisa Mochizuki
