「消費されたクリエイティブ」の祭壇、ノスタルジーを呼び起こす展示群
神宮前3丁目のSH GALLERYでアーティスト・にいみ ひろきさんの個展「Journey」が開催中。にいみさんはもともと広告制作のプレイヤー、アートディレクターとして活躍していた経歴を持つ作家だ。
「クリエイティブの消費」をテーマに、世の中で消費され続け捨てられたクリエイティブ(漫画や広告、街中で捨てられているゴミ)などのオブジェクトを拾い集め、アート作品として再構築している。
多様かつ最先端のクリエイティブが集まる表参道・原宿の街で「クリエイティブの消費」をテーマとしていることに興味を惹いたこの展示。さらに、もともと広告業界に身を置いていた作家によるものと聞けば説得力も増し、一体どのような作品が展示されているのか観にいかずにはいられない。会期初日のSH GALLERYに足を運んだ。
光の当たらない場所に光を にいみ ひろきさんの描く優しき旅
SH GALLERYがあるのは神宮前3丁目。キャットストリートに面するファミリーマートの隣、NEW ERA HARAJUKU(ニューエラ原宿)の入る建物の3Fにある。
階段を上がっていくとSH GALLERYの表札が見つけられるはず。貼られているステッカーを見てわかる通り、漫画やアニメなどポップカルチャーを題材として、あるいはそれを逆手にとったアイロニーを表現しながらキャッチーな作風の展示が行われているのも特徴。
アーティスト・仲 衿香(なか えりか)さんが所属していたりと個人的にも好きな表参道・原宿のギャラリーのひとつだ。
さっそく、にいみさんの展示「Journey」に足を踏み入れる。
ギャラリー自体は1フロア構成で扉をあければ見渡せるくらいの広さ。作家の世界観が一気に飛び込んでくる、このコンパクトな規模感も好きなのだが、今回は特に、その作品の質量と密度に圧倒された。
真っ先に目を惹くのは、本展示で初お披露目となる「BOX」シリーズだ。これは「什器」という本来、展示の主役になり得ないオブジェクトに焦点を当てている。
元来、仏教で用いられる道具や生活用具を指す言葉をルーツに、生活家具全般を指す言葉だが、今では店舗やオフィスなどビジネスシーンで使われることの方が多い什器。アパレルショップでいうハンガーラックや商品を置く棚のこと。展示であれば作品が置かれるものである。
広告業界に身を置いていた時代に什器を手がけていたのかと思いきや、会期初日のレセプションで本人に聞いたところ、什器を作ったのは初めて。一から作り方を学び、形にしたのだという。
キャンバス作品とは違い、全ての面ににいみさんのアートワークが施されているのが特徴。足のブロック部分までが1セットで展示販売されている。にいみさんにとっても初めての試みだ。
「Journey」という展示タイトルの元で展開される、にいみさんが目にした記憶の旅。絵柄にはどこかの異国か果ては宇宙空間のような場所まで、視覚的に強く訴えてくるモチーフが並ぶ。
窓からは賑わういつもの原宿の路上。その横に並ぶ、にいみさんの作品とのコントラストが不思議な空間に迷い込んだような感覚を想起させる。
壁に掛かったキャンバス作品もまた、紙を手で丸めたような質感を与えており記憶の中のイメージにモヤがかかっているかのような演出を作品に与える。
どこかで見かけたことがあるかもしれない。そんな無意識の認知を意識的に呼び起こさせるムズムズ感は独特の鑑賞体験だ。
一体このリフレインされるような景色は何なのだろう。現実に存在している場所なのか?気になって作家本人に尋ねてみる。
聞けば旧いアメコミなどを収集し、そこから「背景」をサンプリングしているという。コラージュすることで時代性も国も不明瞭な、ミステリアスな光景を作品に映し出していた。
なぜ背景にフォーカスしたのか?「漫画の背景を描く人って、名前が出ないじゃないですか。僕は常に、クリエイティブで光が当たらない部分に光を当てたいと思っています。だから、什器もそうですが、背景に着目しました」と、にいみさんは話してくれた。
にいみ ひろきさん。レセプションにて。
漫画における「背景」も展示における「什器」も、なくてはならない物でありながら、本来ならば主役になり得ないものたちだ。にいみさんはそれらをステージ中央、スポットライトが当たる場所へと誘導し美しく際立たせていた。アートを通じ、消費されてしまった創作物への寛容な振る舞いに、敬意を抱かずにはいられない。
まさにそれこそ、OMOHARAREALでも重要な要素であり命題だと考えている部分。表参道・原宿という街には主役級のコンテンツがあふれている。しかし、その影には住む人や働く人の当たり前の日常があって、街としてなくてはならない「背景」が必ずあるのだ。
そこに光を当ててこそのローカルメディアなのではないかと、あらためてにいみさんの言葉と作品にハッとさせられた。
それはまるでギャラリー全体が、祭壇のようで作品は人知れず忘れさられてしまう記憶の墓標。そこに暗いイメージはなく、賑やかでポジティブなエネルギーを発している。
世界中のクリエイティブが集まり、代謝し続けるオモハラの街。悲しいかな、抗えないほどのスピードでコンテンツが移り変わって行く中で意図せず、消費システムの一部となってしまうことにも慣れてしまう。それもまた表参道・原宿という街で何かを発信したり作ったりすることの宿命とも言える。
しかし、意識をちょっと変えることで目の前の光景はまた違ったものになるだろう。目に見える部分だけでなく、その背景にも思いを巡らせる寛容な感性と視点こそ、今の時代に必要なものなのかもしれない。にいみさんの寛容さに溢れた作品と対峙してあらためてそう思った。
見落としてしまっているかもしれない視点に気付かされる、忘れ行く物が持つ記憶の旅路。人と時間の流れに押し流されてしまいそうになる表参道・原宿の街でこそ、足を留めてじっくりとそのノスタルジックな哀愁を味わってみてほしい。
■概要
にいみ ひろき「Journey」
開催期間:2024年7月5日(金)〜7月21日(日)
開催場所:SH GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前3-20-9 WAVEビル3F
電話番号:03-6278-7970
営業時間:12:00〜19:00
定休日:月曜日
URL:SH GALLERY
にいみ ひろき:IG @niimiii_hiroki
Text & Photo:Tomohisa Mochizuki
- マネージャー
- 望月トミー智久
tommy