
「Web 3」時代にダミアン・ハーストが作品を燃やすワケ
NFT※アートバブルを経て、ここ数年、表参道・原宿エリアでも多くのギャラリーでNFTアートの展示が行われている。
※NFT、暗号資産。Non-Fungible Token=「代替不可能なトークン」と一般的に言われていが、本稿で紹介される展覧会では「偽造・改竄不可能なデジタル証明書」と、より噛み砕いて紹介されている。
その価値の一時的な(異常とも言える)高まりから投機目的のイメージが強いと思うかもしれない。正直、個人的にもお金持ちのためのもの、という印象があった。しかしどうやらNFTアートの起源を遡ると、一概にそうとも言えないらしい。そもそも物質的なアート自体が高騰している中での、ある種のカウンター的なものであったと捉えることもできるという。
そんな中でGYRE GALLERYではNFTアートの本質に迫る展示を3月24日(金)〜5月21日(日)まで開催している。この機会にNFTに対する解像度を上げたい!と思い、ギャラリーツアーへと足を運んだ。
「3D Printed Generativemasks」 (2023)と制作者・高尾俊介さん。壁に展示されているマスクは、NFTのリリースから1周年のときに購入者向けに配布された3Dデータを出力したもの。見えないが作品の裏側に最先端のブロックチェーン技術が埋め込まれているらしい。
Focus:『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー』ギャラリーツアー
なにやら展示タイトルからしてものものしく、難解そうだと思うかもしれない。結果から言うと、NFTを知らない人こそ楽しめるような展示だった。
本展を企画したのはキュレーター・高橋洋介さん。GYRE GALLERYの展覧会でもお馴染み(詳しくは過去の記事を)飯田高誉さんが務める。(詳しくは過去の記事を)飯田高誉さんが務める。前回・前々回と展示アーティスト主導の個展が続いたが、今回はGYRE GALLERYらしい切り口のグループ展が久々に開催されている。
ギャラリーツアーでは高橋さんがガイドによって進んでいく。展示室は3つに分かれ、それぞれ「分有(所有のかたち)」、、「デジタルのアウラ」、「超国家的権力」という3章立て。
入り口ではチームラボの作品「Matter is Void-Black in White」(2022)がお出迎え。ツアーもこの作品からスタートする。
NFTにしろフィジカルの作品にしろ、アートといえば所有することに重きが置かれていると思いがちだ。しかし、なんとこの作品のデータ自体は無料で配布された。代わりにチームラボが売ったのは「作品を書き換える権利」。権利購入者は好きに流れる文字を変えられて、所有者全てのデータが書き換わる仕組みの作品である。
左手前:チームラボ「Matter is Void-Black in White」(2022)
実際に音楽アーティストのグライムス(Grimes)がキャンペーンの一環としてニューヨークのタイムズスクエアでの展示の際に書き換えたこともあるという。分かりやすく、所有する価値をNFTによって変容させた作品だ。
所有という点で特筆すべきはやはりダミアン・ハーストの「The Currency」(2021)。こちらはA4サイズで1万枚のペインティングとNFTデータが発売当初は約22万円ほどで販売された。
「通貨」という作品タイトルが表す通り、フィジカルには紙幣さながらの精巧なホログラムやシリアルナンバーが施され、NFTデータには証明書が付く。しかし、購入者は1年後に「NFTを放棄して現物の作品を所有」するか「現物作品を放棄してNFTを所有」するかの選択をしなければならないのがこの作品の肝。
ダミアン・ハースト「The Currency」(2021)
プロジェクトを通じて、5149人の購入者がフィジカルの作品を選び、4851人がNFTを所有することを選んだ。そしてダミアン・ハーストは実際にNFTを選んだ購入者分、4851枚(当時でおよそ11億円分)の現物を自ら、燃やしたのである(ギャラリーの暖炉で)。
賛否両論もちろんあった壮大な社会実験とも言えるプロジェクトである。そのフィジカルとNFT作品が見られるだけでも価値がある。
このように、作品の背景やシステムを聞くだけでもNFTへ抱いていたイメージが鑑賞体験を通じてどんどん変わってくる。
3Dプリンターデータを販売するものや、証明書を模した作品、設計データ自体を販売するもの、そして、実際に会場で遊べるゲーム作品など、多用なNFTアートのかたちが見られるだけでも目から鱗の展示となっている。
ルー・ヤン「マテリアルワールドの大冒険」(2020)
展示を通じてデジタルデータに「アウラ」※はあるのかを考察したり、NFTが国家を超えてコミュニティを創出した事例を作品とともに紹介したり、NFTアートの概念をあらゆる角度で検証し、さらには楽しみながら学べるような展示なのだ。ぜひNFTについての教養を楽しみにながら身に付けに会場へ足を運んでほしい。
※20世紀の哲学者、ヴァルター・ベンヤミンが複製技術が普及する以前の時代を考察し提唱した、複製不可能な芸術作品に宿っていた、「今、ここにしかない」という「1回性」や「礼拝的価値」のこと。つまりは、作品の“魂”といったところか。
その全容は会場で確かめてほしいのだが、印象に残った作品たちを以下、写真で紹介する。
写真で振り返る『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー』
鎌谷徹太郎「The Dream of a Butterfly」(2023)
鎌谷徹太郎さんの作品「The Dream of a Butterfly」(2023)。当日は会場で作品について説明してくれた。木で作られている平等院鳳凰堂と骸骨、そして花、生と死を想起させる作品である。朽ちていく素材でできたフィジカルの作品と、朽ちることのないデジタルの作品が対で1セットになっている。
実はこの作品の黒い部分には、聞くとちょっとびっくりする秘密がある。ぜひ会場で確認してみてほしい。
あれ?ジェフ・クーンズ?となってしまうバルーンドッグは、レア・メイヤーズによる「非真正性の証明」(2021)という作品。3Dプリントデータを販売し、レアによる“真贋証明書”も付いてくるという。ブロックチェーン技術をいち早く芸術に取り入れていた作家であるだけに、実にユニークだ。
レア・メイヤーズ「非真正性の証明」(2021)
森万里子さんの「Eternal Mass」(2023)。量子力学における、カラビ・ヤウ多様体(見えない次元を可視化したもの)をモデルに、「古事記」における創生の神々をオマージュ。最新の技術と最古の神話を結びつけた作品だ。NFTでこの多様体の一粒一粒を所有することができる。
森万里子「Eternal Mass」(2023)
ルー・ヤンによる「マテリアルワールドの大冒険」(2020)。ゲームが実際に今夏NFTとして発売されるとのこと。「地獄」を舞台にしたSFモノだが、宗教や死生観、ポップカルチャーとアートを大胆かつ過激なアプローチで接続する作者らしさがふんだんに盛り込まれている。実際にやってみたけど視点カメラと操作が自分的には激ムズだった。
ルー・ヤンによる「マテリアルワールドの大冒険」(2020) のデモ画面。隣には実際にプレイ可能な筐体が設置されている。
ラファエル・ローゼンダールの「キャビネット」(2022)はデータとともに設計図を購入するというもの。設計図通り、施工業者によって「キャビネット」がGYRE GALLERYに出現している。
ラファエル・ローゼンダール「キャビネット」(2022)
森万里子による「Eternal Mass」をNFTとして世に送り出したスタートバーン株式会社を起業し、起業家・美術家としても活躍する施井泰平による「IT II」(2006)。文庫本が並んだパネルとChat GPTによって制作されたNFT作品。
施井泰平「IT II」(2006)
ポップカルチャー好きにとって、NFTと聞いてピンとくるのは「Crypto Punks」や「Bored Apes」だと思う。「ジェネラティブマスクス(Generativemasks)」はそれらに近いコレクター性があるとともに、日本発のジェネラティブ(偶然性を伴った)なNFTアートとして人気だ。売り上げがコーディングやNFTに関連する財団に寄付されるのも特徴で、ツアーでは作者の高尾俊介さんが解説してくれた。
「3D Printed Generativemasks」 (2023)
国家を超越するNFTアートの潮流として、インターネット上ではDAO(分散型自立組織)がコミュニティを形成しているという。
その一例として紹介されたのは「ウクライナ・ダオ」。ロシアの活動家・アーティストの「プッシー・ライオット」メンバーはウクライナ支援のため国旗を使ったNFTを販売したものだ。売り上げはウクライナに寄付されるがその使い道が当初意図した、市民を守ることではなく、武器購入に使われてたことからすでに「プッシー・ライオット」は手を引いているらしい。
「ウクライナ・ダオ」とキュレーター・高橋洋介さん
内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者、ジュリアン・アサンジを支援する「アサンジ・ダオ(ASSANGE DAO)」なるものも。現在ジュリアン・アサンジは収監中の身であるが刑務所内で過ごした時間を示す「時計」のNFTによって巨額の支援金を調達している。国家間を超えて意思のもとにコミュニティを形成する「Web 3」時代を感じさせる事例だ。
「アサンジ・ダオ」。 モニター上をくるくると回り、刻一刻とジュリアン・アサンジの収容時間をカウントし続ける。
このように、さまざまな「NFT」を通じた事案と作品を通じ、ぼんやりとしていたNFTの輪郭が鮮明になり、くっきりと浮かび上がってくるような手応えを感じられるだろう。GYRE GALLERYに出現したNFTによる新しい教養の遊び場。知識における準備をするには最適だ。今は“モノ”の消費がメインである原宿が、この先NFT取引の中枢の街として歴史を紡ぐ、そんな未来もあるかもしれないから。
■『超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?ー分有、アウラ、超国家的権力ー』 展
開催期間:3月24日(金)〜5月21日(日)
営業時間:11:00-20:00
開催場所:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
URL:GYRE GALLERY
Text:Tomohisa Mochizuki
Photo:OMOHARAREAL編集部,GYRE GALLERY