異なる「環境世界」を覗き見るギャラリーツアー
GYRE GALLERYでは『世界の終わりと環境世界』展が5月13日から開催中。開催に先駆けて行われたギャラリーツアーに参加した。本展はタイトルからしてディストピア的な響きである。しかし結果から言って、これは希望の展示なのだと思った。ここで言う世界の終わりとは“人間中心の”という前置きがある。世界はもっと複雑で、個人では決して完結することはない。私たちを取り巻く「環境世界」を覗き見するツアーをレポートする。
本展のキュレーションはGYREギャラリーで数々の大型企画展を行ってきた飯田高誉さん。「ドヴァランス_デザインのコモンセンス展」でもキュレーターを務めた人物だ。長年、世界へ日本のアーティストを紹介し、海外のアーティストを日本で紹介してきた名キュレーターだけに、毎回切り口が面白い。
「ウイルスは人類が登場する遥か昔から地球上に存在し、人間の方が新参者なのです」。というミクロの世界から宇宙規模で地続きになっている話を皮切りに、ツアーがスタート。デカイスケールの話に聞こえるがその実、「環境世界」は身近にあるのだと気付かされる言葉だ。
写真奥、荒川修作の映像作品について説明するキュレーターの飯田さん。ダイナミックな作品のパワーにも負けない力強さで、作品の背景や意図を鑑賞者に共有してくれる。
本展には草間彌生や荒川修作といったベテランの作家から、若手気鋭の作家作品が同じ空間に展示されているのも大きな見どころ。企画協力として角川武蔵野ミュージアム・キュレーター高橋洋介さんが参加しており、若い世代のキュレーターも関わることにより、幅広い世代の作家が一堂に介する展示が実現したという。時代の違うアーティストたちが表現する「世界の終わり」、そのパワーが交差する空間に圧倒される。
写真手前。企画協力として参加しているキュレーター高橋洋介さん。軽妙な語り口で「この作品を見てどんなイメージを抱きましたか?」と参加者に語りかけていたのが印象的。飯田さんと高橋さん、キュレーターのコントラストもツアーならではの醍醐味だ。
近代の価値観から離脱し、「人間中心の世界の終わり」とどのように向き合うか。とは言ったものの、それって一体どういうことなんだろう? 要するに人類以前に地球に存在する、微生物や、植物、土や水、私たちを取り巻く「環境世界」を通じて、人の在り方(=生き方)を俯瞰するということなのではないだろうか。展示作品にはそのヒントが散りばめられている。
入ってすぐ、第一展示室のフランス在住のアーティスト、リア・ジローの作品がわかりやすいだろう。彼女は光に反応する「藻」を利用してアートを制作している。写真シリーズ「エントロピー」はスキャナーの光を使い、破壊のプロセスを描き出す。飛散していく藻は、まさに建造物が爆散し、消滅する様子に肉迫している。まるで特撮写真を見ているかのような面白さがあった。
リア・ジロー「エントロピー」
もうひとつの映像作品、「光合成」は科学技術を使いマルセイユ港で採取されたゴミの姿を映し出すというもの。バイクや車輪など、微細な藻が人間が排出した巨大なゴミを投影するコントラストが皮肉である。映像に添えられたナレーションも淡々としつつ、人間の愚かな行いを風刺していて、思わずクスっと苦笑いしてしまう(笑い事ではないのだが)。
リア・ジロー「光合成」
第二展示室は加茂昴、草間彌生、荒川修作、アニッシュ・カブーアの作品が一堂に会する。3.11の瓦礫の作品『ゾーン#5』と対となる約7mの巨大絵画作品『逆聖地』は本展のハイライトと言っていいほどのインパクトだ。
標高数千mのデスゾーンは足を踏み入れることすらが困難な神域。そんな「氷」に囲まれたロケーションで人間が火だるまになっている絵は、ネット上の“炎上”のようでもあり、一方で震災や原発事故によって住む場所をなくしてしまった人たちの痛みや苦しみも想起させる。この作品が表す『逆聖地』とは人が立ち入れられないほど穢れてしまった場所を指すのである。美しい筆致に息を呑むとともに、なんとも居た堪れない気持ちになった。
加茂昂 『逆聖地』
荒川修作の映像と、加茂昴、草間彌生の“動”のエネルギーが交差する中央で、アニッシュ・カプーアの「1000の名前」が静かに鎮座する。静と動のコントラストが興味を引き、その作品は強烈なエネルギーがぶつかった後のような虚無感が漂う。
アニッシュ・カプーア 1000の名前
草間作品の横に飾られているのは大小島真木による「ゴレム Form-02」。会場を訪れていた本人による作品解説が行われた。作品に込められた思いを作家本人の肉声を通じて聞くことができるのはなんとも贅沢で貴重な機会である。大小島さんの言葉のひとつひとつに参加者は耳を傾けていた。
奥には大小島さんのもう一つの作品「ウェヌス Venus」が。革の継ぎ接ぎのトルソーにプランクトンと宇宙が投影された人体はどこまで自分のものなのか、その境界を探求する作品で展示は締め括られる。まさしくミクロの世界から宇宙まで繋がる、本展のテーマを象徴するような作品だ。
大小島真木 《ウェヌス》
飯田さんは「この組み合わせだからこそ起きる、何らかの化学反応的なものを期待するとともに、鑑賞者の反応が楽しみ」と語ってくれた。エントランスには「環境世界」とこれからの人類にあり方の本がズラリと並ぶ。 SFや人文学、菌糸類について書かれた本まで多様だ。つい手に取ってパラパラとめくりたくなるものばかり。
核の脅威、災害や環境問題、昨今で言うとウィルスパンデミックや戦争。「世界の終わり」はSF映画だけで語られる空想のものでなく、リアルな質感を伴って近づいてきていると感じる。しかし、それはあくまで人間視点での話。人類は滅亡しても地球の営みは続いていくだろう。そんな中で、人類が「環境世界」とともにあるにはどうすれば良いのか?そのヒントを探す、これは絶望の淵から希望を拾い上げる展示なのだと感じた。
多様な個人と文化が集まり交差する表参道。それも都市という環境の一部に過ぎない。そんな風に視点を広げていくとどこまでも「世界」が広がっている。自分の抱える悩みなど宇宙から見れば、ちっぽけなものだと、少しだけ自分自身に寛容になれた気がする。しかし逆説的に、自分の行動ひとつが、「環境世界」に大きな影響を与える要因のひとつなのだという、小さな自覚を芽生えさせてくれる展覧会だった。
■概要
『世界の終わりと環境世界』展
開催期間:2022年5月13日(金)〜7月3日(日)
場所:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5丁目10-1 GYRE 3F
時間:11:00-20:00
※お出かけの際はマスク着用の上、こまめな手洗い・手指消毒を行い、混雑する時間帯、日程を避けるなどコロナウィルス感染症対策を十分に行いましょう。
Photo & Text Tomohisa Mochizuki