
アートと日常の境界が交わる現代版「驚異の部屋」
現代アートコレクティブ「土煙SPOTS」は1月24日(月)から総勢41名の作家による作品を一挙に集め、南青山のヘアサロンで展覧会『そのうちマイルストーン』を行っている。通常営業中の店舗で、それほど多くの作家作品をいかにして展示しているのか。オモハラエリアでさまざまな展示に足を運んだが想像がつかない。なにやら面白そうな匂いがするのでさっそく自分の目で確かめてみることにした。
表参道駅の青山通り口からみゆき通りを進むとある、ファッションビルの先駆けとして名を馳せたFROM 1ST ビル。会場はその地下にあるNORA HAIR SALONだ。入り口には『そのうちマイルストーン』の看板が置いてあり、店舗へ降りる階段の途中にはステートメントも掲示されていた。
レセプションで展示を見たいといえばゲストパスをもらえる。お店はガッツリ営業中だが店内を自由に歩き回り、作品を鑑賞できる。写真を撮ることも可能で、お客さんの顔だけ映さないように配慮してほしいとのことだった。
驚いたのは店舗スペースの広さである。天井高もゆうに3メートルはあるだろうか。剥き出しのダクトから、ブロックの壁面、鏡台の間や手すり、大小たくさんの作品が店舗内の至るところに展示されている。一見、無秩序で無国籍な膨大な作品群が、見事に空間と調和し、想像以上のアート空間が広がっていた。
会期中は限られた日程で出品作家である中島裕子さんと髙倉吉規さんが即興での制作パフォーマンスを実施。パーマをかけるお客さんの隣で、中島さんと高倉さんは次々に絵や物体を制作していく。
時にはスタッフやお客さんとコミュニケーションを交わしながら、見た目には異様だが不思議な安心感がそこにはあった。制作の過程を見て、「自分もやってみたい」と少しでも興味を抱いてくれれば嬉しいと中島さんは言う。
高倉さんにも話を聞くと、以前行っていた「拝借景」というプロジェクトを行っている頃からNORA HAIR SALONオーナーと付き合いがあり、グループ展を行ってきたのだそうだ。「拝借景」が解散してから数年、『そのうちマイルストーン』を開催するきっかけもオーナーの呼びかけがあったからだという。
NORA HAIR SALONでは「土煙SPOTS」以外の作品展も頻繁に行っている。お店自体、芸術家たちが集まったかつてのNY・SOHO地区のウェアハウスをイメージし、展示が行えるように設計されたそうだ。壁の穴は展示の歴史。
「作品のテーマや意味を聞かれたとき、分からないので言葉に困ります(笑)」とオーナーの広江さんが言うように、ギャラリーのエキシビションとは違い、繋がりもなければ、作風も全く違う作家同士の作品が蒐集されている。その作品群を見て興味を抱き、意味やテーマを想像して楽しんでもらうことこそ、このプロジェクトの肝心な部分だ。
展示されているアートは全て購入することも可能だ。アートを観る、買う、作る。それを日常レベルに置き換えて実際に体験することができる。普通にヘアサロンに来ただけでは見落としてしまいそうな場所にも作品がある。
15世紀から18世紀のヨーロッパで作られていた様々な珍品を集めた博物陳列室、ドイツ語で「ヴンダーカンマー」と呼ばれる「驚異の部屋」が裏テーマとなっている。ワニなどの剥製が展示されていたことから、オマージュとしてビニール製のワニが吊るされていた。
雑誌やスマホから目線を外せばそこにアートがある。お客さんも作品も、互いの領域を侵害することなく、その関係性はオーガニックで心地良い距離感を保っている。高倉さんは「作品だけ、空間だけでなく、お客さんやスタッフがいつも通りに過ごすことでイイ意味での緊張感が生まれる。それぞれの存在が空間を補い合うことで展示が完成する気がします」と話してくれた。
オーナーの広江さんに展示の反響を尋ねてみた。「すごく良いですよ。お客さんの待ち時間の解消になっており、美術館で髪を切っている感覚になるといった感想をいただきます。お子さんも楽しんでくれますね」
とのこと。お客さんの反応も良いようだ。
ヘアサロンにいる時間というのは、もしかしたらギャラリーや美術館にアートを見に行くよりも長い。さらに言えば、ヘアサロンのように、年代・性別・立場や職業が違う人たちがニュートラルに集まる場所はないかもしれない。表参道・原宿にはヘアサロンやギャラリーが多いが、その2つの境界が交わり曖昧になることによって、老若男女がフラット日常生活の延長でアートを楽しめる空間が生まれていると感じた。サロンの語源は文化の交流拠点から来ていることを考えれば、アートの楽しみ方の原点に立ち返るような展示と言えるだろう。
NORAのような個性的なヘアサロンがあるのは多くのヘアサロンが集まっている地域ならではないだろうか。そこで共鳴した者同士がコラボレーションし、新たな表現を創造するのだ。表参道・原宿という場所は、今までも異なる感性と個性を持つもの同士が集まり、繋がって、新たなカルチャーやムーブメントを生み出してきた。
ヘアサロンと同様たくさんのアートギャラリーがあるオモハラにおいても、異彩を放つ『そのうちマイルストーン』。「コロナ禍でこんな展示があったな」と振り返ることができる、その名の通りマイルストーンになり得る可能性を、大いに秘めた展示だった。本記事がその一助として役に立つことができれば幸いである。
■概要
『そのうちマイルストーン』
展覧会場:NORA HAIR SALON
住所:東京都港区南青山5丁目3−10 BF FROM-1st
会期:2022年 1月24日(月)〜2022年3月27日(日)
営業時間:月〜金曜日 11:00- 21:00/土曜日11:00- 20:00/日曜日11:00- 19:00
料金:無料(美容室入り口で展示を見たいとお伝えください)
参加作家:浅野純人、飯野哲心、伊佐治雄悟、石川洋樹、今関舞香、今西勇太、岩崎広大 、Vasilis Zarifopoulos、オオシオヒロコ、ガ猫美ル子、川越健太 、川島大幸、河内啓成 、川村元紀、木織音、夏互船、久保茂太、久保なつこ、黒田大スケ、郷治竜之介、小林孝一郎、菅田比歩海、杉本克哉、杉本憲相、下西進、Zennyan、髙倉吉規、髙橋淳、武内優記、立原真理子、土井彩香、中島裕子、中島裕子+髙倉吉規、中村峻介、中山開、乳坊阿部、額賀苑子、林菜穂、松浦春菜、山内祈信、湯沢恵理 、ラリ伽
下記日程にて中島裕子+髙倉吉規による制作プロセスを公開
実施日:1月27日(木)、2月8日(火)、2月22日(火)、3月8日(火)、3月22日(火)
実施時間:15:00-18:00
主催:土煙 SPOTS
問い合わせ:オフィシャルウェブサイト
※お出かけの際はマスク着用の上、こまめな手洗い・手指消毒を行い、混雑する時間帯、日程を避けるなどコロナウィルス感染症対策を十分に行いましょう。
Text:Tomohisa Mochizuki
