
“デザインのためのデザイン”をしないパリ・ドヴァランススタジオに迫る
GYRE GALLERYで「ドヴァランス_デザインのコモンセンス展」が開催されている。最初にプレスリリースを受け取ったとき、現代アートの展示だと思っていた。しかし実際はフランス・パリを拠点に活動する気鋭のグラフィックデザインスタジオの展示なのである。
表参道・原宿にはありとあらゆる場所にグラフィックデザインが溢れている。しかし、普段目にしているグラフィックとは違う異質さと不思議な魅力を、ドヴァランスの制作したビジュアルからは感じた。その正体を探るべく会期前日に行われたギャラリーツアーに参加した。
段ボールに展示名がプリントされたポップが、GYREビル全体を貫くように掲示されていた。3Fのギャラリーを目指す間にも展示への期待感が膨らむ。
エントランスには断熱材のスタイロフォームを使い、展示タイトルを立体化したオブジェが鎮座する。効果的に視覚に訴求するドヴァランスのデザインと本展示を象徴するオブジェクトだ。
展示を案内してくれるのは、本展のキュレーターである飯田高誉さん。かの杉本博司さんや草間彌生さんといったアーティストに通ずる名キュレーターだ。現在は六本木のアートラボ、スクールデレック芸術社会学研究所の所長を務め、GYREギャラリーの展示企画を行っている。
芸術、現代アートだけでなく、建築分野も横断するドヴァランスにちなんで、展示の会場設計は建築家・梅澤竜也さんが担当した。梅澤さんはドヴァランスと直接やりとりして本展示を作り上げたそうだ。
アレクサンドル・ディモスとジスラン・トリブレの両名が中心となって率いる、ドヴァランススタジオ。展示室には、彼らの手がけたポスターがズラリ。
“自我を保たない”、“デザインのためのデザインをしない”ことをモットーとし、内容をいかに伝えるかに重点を置いているのだと飯田さんが説明してくれた。中でもラ・コミューン劇場のヴィジュアルは、ドヴァランスのデザインスタンスが色濃く反映されている例なのだとか。
ラ・コミューン劇場のポスタービジュアルと対を成す壁には、カルティエ美術財団の展示ビジュアルが掲げられる。実際、このカルティエ美術財団で展示のキュレーションを行ったことがある飯田さん曰く、隅々まで厳格なレギュレーションが定められているとのこと。
厳しいルールの中であっても直感的に分かりやすく、洗練されたデザインを導き出すのは、フランスを代表する現代アーティストや芸術・文化施設をクライアントに持つドヴァランスならではだ。
展示室のポスターヴィジュアルについては、「穴を空けずに展示してほしい」とドヴァランスから要望があったそう。梅澤さんはLGS(=軽量鉄骨)と磁石を用いて実現した。展示室のレイアウトは、音楽的な背景も持つドヴァランスをオマージュし、リズムやグルーヴ感を意識したという。展示で使われた鉄骨は、会期後に再利用される。
大きな窓から街を見渡す展示室にはドヴァランスによる出版社「B42」の本が並べられている。「街を眺めながらゆっくり座って本を読んでほしい」というドヴァランスの意思によって窓をオープンにしたスペースだ。デザインと社会の関わりに関連する書籍を見ながら、原宿の街に目を向ければ普段気づけなかった新しい発見があるかもしれない。
ベンチは一般の家具に使われる合板木材で作った木箱を並べたもの。先の軽量鉄骨やエントランスのスタイロフォーム同様、一般流通している材料でいかにドヴァランスのフォルムに近づけるのか、というのが梅澤さんの会場作りのテーマでもあった。
限られた条件と自己を主張しない表現で、斬新な視覚演出を手がけるドヴァランスの哲学とリンクする工夫が随所に見られるのも本展示の醍醐味だ。
ドヴァランスのタイポグラフィをカッティングした壁。同じスタジオが作ったとは思えないほど多様な文字が並ぶ。アノニマス(=匿名)的なスタンスを取る、ドヴァランスの引き出しと懐の広さが感じられる空間である。
本展のタイトルにおける、“コモンセンス”とは一般的な“常識”や“共通感覚”といった意味の他、啓蒙書「コモン=センス」を著した思想家・トマス=ペインにもなぞらえていると飯田さんは言う。
アメリカ独立革命やフランス革命など民主闘争に携わり、「祖国なき革命家」とも言われるトマス=ペイン。デザインの独立性への闘争を実践する、ドヴァランスの精神性を“コモンセンス”という言葉で結び、重ね合わせたそうだ。
一見、奇抜で主張が強いかのようなドヴァランスのデザインは、いわば現代アートのアプローチに近いのかもしれない。その上で作家性というエゴを排除し、受け手が能動的に意図を汲み取れる仕組みが盛り込まれている。それこそが当初、疑問に感じていた彼らの特異さと、底知れない魅力の正体であり、ドヴァランスのデザインの“コモンセンス”なのだと、ツアーを通じて理解することができた。
ドヴァランスの作品を見ていると、デザインとは本来どうあるべきなのかを考えさせられる。“コモンセンス”と謳っていながら、自身の常識をひっくり返されるような感覚だった。ドヴァランスのコモンセンスは私たちが街の中で何気なく目にしているデザインに対し、新しい視点と気付きを与えてくれるかもしれない。
■概要
「ドヴァランス_デザインのコモンセンス」展
開催期間:2021年12月10日(金)〜2022年2月13日(日)
営業時間:11:00〜20:00 ※1月2日は13:00 OPEN
開催場所:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE3F
電話番号:03-3498-6990
休館日:12月31日、1月1日
Text:Tomohisa Mochizuki