GYREディレクター、ヒラオインクのこれから「その時に大事だと思う、種を植える」
さらに、平尾といえば、神宮前のファッション複合ビル・GYREの総合ディレクターという顔も持つ。館としてのプロモーション費用をセール告知などに使用しないなど、エリアのなかで異彩を放つ建物だが、携わるようになった理由とは。
「偶然、中学時代の同級生がビルの総合プロデューサーになったことから、最初はPRとして関わっていました。開業以前からどの建築家に設計を頼むか、どのテナントを入れるかなどの相談を受けていたのですけれど、その後、彼が社内で異動した際に『平尾さんの言うことをよく聞いて』とお触れを残してくれたそうで(笑)、それからディレクションも担当するようになったんです」
GYRE 4FのGYRE.FOODにて定期的に開催している「eatrip soil」による「Fish Market」 豊洲から新鮮な魚を取り寄せるほか、各地の地のものを表参道で市場のように販売するイベント。
彼女が目指すのは「意志を持ったビル」だ。オランダの建築家集団・MVRDVがデザインした5つのフロアがねじれる構造から命名された建物は、生き物のように時代とともに移り変わり、自然における生態系のように循環する。
eatrip soilのテラスから出られる菜園。さまざまな作物を育てたり、設置されたコンポストで肥料を作ったり、取れた作物でワークショップを行ったり、まさに循環を体現する仕組みがGYREの中に渦巻いている。
さらに佐藤澄子氏(元ワイデン+ケネディトウキョウ)が着想した「世の中とどう繋がるかを考えながらショッピングする」というコンセプト「SHOP & THINK」も見えない背骨のように全体の雰囲気を貫く。それをさまざまな形で示すのが、3階の「GYRE GALLERY」だ。
「外部からキュレーターを招く形式ではなく、自主企画で運営しているんです。GYREは政治的なしがらみもないので「世界の終わりと環境世界」など美術館などでは開催が難しいようなテーマも、必要だと思えばやる。アートというよりも見た人がインスパイアされるような、その時に一番大事だと感じることを、種を植える感覚で発信しています」
2019年にGYRE 3FにあるGYRE GALLERYで開催された「LOOKIN THROUGH THE WINDOW」展。20代、30代、40代、世代を代表する写真家がクライアントに制約されない写真作品を展示するという展覧会。野村訓市氏とともに元「ギンザ(GINZA)」編集長の中島敏子氏が企画に参加。当時観覧したが、ならではの挑戦的な展示に心が躍った。
バジェットは多くはないが、年に4回は展示を開催してきた。その裏にはオーナー会社へのリスペクトがある。他人と意思を共有して共闘できるのは幸せなことだ。だからこそ平尾はSNSに偏ったコミュニケーションには懐疑的だ。
「SNSでのPRなど、やらなきゃいけないことが増えました。テクノロジーには感謝していますが、やっぱり現場に行って見ないとダメ。電波を通すと伝わらないバイブスがある。自分たちの仕事は「伝える」ことなので、そこは蔑ろにしてはいけないなと思っています。だからこそ集まれる場所を作って、実際に会って話して伝えられるPRって素晴らしい職業だと思うんです」
GYRE.FOODで不定期で開催されているeatrip soil 「seed club sounds blow」。 音楽と食をテーマにeatrip代表の野村友里氏も参加し、豪華なゲストとともに特別な時間と音楽を囲む。
2025年のヒラオインクは、ホテルなどのホスピタリティ、さらには本来はやる予定はなかったというエンタテインメントや芸能の分野にまで力を入れていくという。
「タイミングが重なって、いよいよアーティストのマネージメントを始めることにしました。映画『パラサイト』や『SHOGUN』などアジアのコンテンツに世界が注目しているなかで、今ならできるなと。それに私にも新しい冒険が必要」
その話を聞いて投げかけた「オモハラから新たなスターを発掘するのも面白いですね」という提案にも彼女は乗り気だった。数多くの芸能人がスカウトされ、デビューしてきたエリアから新たな才能を見つけ出すのはヒラオインクかもしれない。
GYRE.FOOD 「eatrip soil」にて 撮影しながらその時の展示商品を手に取って、頼まれずとも詳細な紹介をしてくれる平尾氏の様子に、このGYRE並びにeatripへの愛情を感じた。
「人が好きで人の想いを伝える。自分がいいと思ったことしかPRしたくないし、人がいいと思うニュースにするために全力を尽くす。それが社会貢献。今考えると自分の性格に合っていたし、天職でしたね。これからも運命に逆らわず、柔軟性を持って生きようと思ってます。瞬間瞬間を一生懸命に生きれば、その先に行き着く未来が必ずあるはずですから」
オモハラで運命を切り拓いてきた彼女らしい発言だった。きっと先の未来でも、このエリアと一緒に何か新しいことを成し遂げてくれるだろう。平尾香世子は表参道・原宿からまだ見ぬ素敵の地平を眺める。
Text:Naoya Koike
Photo:Takashi Minekura
Edit:Tomohisa Mochizuki(OMOHARAREAL)