敗北感を抱いた街
父が東京に単身赴任を始めたきっかけで、中学生の頃から、東京に訪れる機会が増えたという軍地氏。その際、手放せなかったのが愛読誌『mc Sister』(1970〜80年代、女子中高生の憧れの的だったファッション誌)の付録である『原宿ガイド』だったそう。
婦人画報社『mc Sister』。10代の頃の宮沢りえや長谷川京子もモデルとして出演していた
出典:大人モテLAB.
「当時大好きだったモデルの今井美樹さんや村上里佳子さんが着ていたファッションブランドが原宿に集まっていたので、そのガイドを見ながらお店をまわることが東京に行く楽しみでした。だから私の中の東京のシンボルは、東京タワーでなくラフォーレ原宿。雑誌で見るような人が溢れていて圧倒的にお洒落、自分は田舎っぺだなという敗北感を味わう場所でもありました」
だが、そんな経験が、女性ファッション誌を編集する際の武器になったという。
「私はお洒落のプロでなく、田舎っぺのプロとでも言うのかな。ガイドのマップが間違っていて30分ぐらい目的地の付近を彷徨った経験があるから正確な情報を届ける大切さが分かる。ただお洒落な人を紹介するのではなくスタイリングのディテールまで分解してお洒落の法則を解説する必要性が分かる。お小遣いを貯めて地元から原宿に出かけた当時の自分が読みやすい誌面づくりを心掛けることは、全国誌の編集をするうえでとても重要だったと思います」
軍地氏が編集した雑誌たち。ページ内にファッショナブルかつ分かりやすいオモハラエリアのMAPも発見
また、軍地氏は、編集者になってからの"原宿の時間"も大切にした。
「『ViVi』に携わっていた時代は、シーズンごとに流行を予測する『ベストHITS』を担当していて。注目アイテムTOP10を選定しなければならないので、原宿や渋谷へ行って女の子たちに話を聞いて、そこからトレンドを汲み取っていました。ファッション業界が提案するキーカラーやスタイルなんかはリアルなマーケットでは3割程度しかヒットしないから、ブランドの新作を見ているだけでは流行は掴めない。トレンドを生み出すのは女の子たちで、彼女たちが集まるのはいつも原宿です」
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