原宿は自由なファッションを披露するアジアのステージに
オフィスには約20年分の『FRUiTS』全号が保管されている
青木氏は、2015年に『TUNE』を、16年に『FRUiTS』の休刊を決定。国内だけでなく、海外のファンから惜しむ声が挙がるファッション界の世界的ニュースとなったが、理由はシンプルに「オシャレな子を雑誌1冊作れるほど撮れなくなった」ことであった。ストリートスナップの象徴であった青木氏が街を離れることは、「原宿が"ファッションの街"でなくなるのでは」という不安を多くの人々に与えた。しかし、2019年の春に、新たなストリートスナップメディア『Discord』の立ち上げを決定。雑誌とSNSの両方で情報発信を行うという。原宿にオシャレな若者が戻ってきた?
『FRUiTS』は233号で休刊することに。特集タイトルは「Harajuku street fashion」であった
「原宿にオシャレな子がいなくなったのは、ファストファッションの影響もあったけど、SNSの浸透も関係していた。わざわざ街に出てファッションを披露しなくても、SNSで発信できちゃうから。でも、ここ数ヶ月でそれが変わってきているように思う。理由のひとつは、原宿が、日本人がオシャレを見せにくるステージから、中国、韓国などを含むアジア全域の子たちがファッションを見せにくるステージに変わったこと。まだファッションの歴史の浅いからこそできるアジアの人たちの自由なコーディネートはハイレベルだし、日本人にもいい刺激をくれてるよね。そして、アジアの人たちがなぜ原宿を選んだかというと、歴史的にみて、ここが様々なファッションの始まりの場所だということが関係していると思う。それはこれからも変わらないものだよね」
また、彼が新たに出現したストリートファッションを記録するのには、こんな想いもあると話す。
2019年、青木氏がSNSで発信した「discord 宣言」の全文
「メディア名の『Discord』は”不協和音”という意味なんだけど、僕はVETEMENTS(ヴェトモン)の登場以降ファッションが大きな変革期に入ったと思っていて、これは音楽でいうとストラビンスキーやドビュッシーが不協和音を提案したようなものなんじゃないかと捉えているんです。VETEMENTSとかBALENCIAGAのスニーカー、大きいにもほどがあるでしょ(笑)。でも、それにパリコレのファッション関係者も飛びついたし、ストリートも敏感に反応して取り入れ始めた。僕から見るとあのブランドたちが『この不協和音を使って何か新しい自分のファッションを作ってみてよ』と提案したことで、世の中に新しいファッションが次々と生まれそうに見えているし、そこで生まれるファッションって『FRUiTS』的だとも思っていて、楽しみなんです。そういった新時代の芽が叩き潰されないように守るようなメディアが作れたらと思っていますね」
一歩離れて見守る。原宿を愛する男の親心が見てとれるが、他にも、編集部であるオフィスを『Room F』の名でイベントスペースとして新しい挑戦者に貸し出す予定だと話す。
「自分はストリートの観測をしたいので、デザイナー側には興味がない」と言いつつも「ヴェトモンとかバレンシアガのデザイナーやってるデムナ・ヴァザリアは元々マルジェラにいて、彼が意識的にやっているのは現代アートでいうデュシャンの…」と、青木氏のファッションに対する造詣は非常に深い
「原宿って”場所”が意味を持ちやすいエリアですよね。NIGO®さんが『NOWHERE』をスタートした場所とか、伝説のカフェがあった場所とか。面白い子がでてきたときに何かできる場所を作っておいて、いつかずっと意味を持ち続けるような場所を作れたら嬉しいですね」
最後に改めて「渋谷でも代官山でも六本木でも難しい。日本で『ファッションの街』でいられるのは原宿しかない」そう語った青木氏。様々なブームの波、時代の波に飲まれ、何度も「どうなってしまうのか」と心配されながら、その度に個性を取り戻すこの街のファッション。その変革の歴史を、これからも彼がストリートの片隅で観測し続ける。
Text:Takeshi Koh
Photo:Hiroaki Noguchi