閉ざされた色気
長い年月ののち、再度敷地を訪れたHdMは、表参道の風景、歩く人々の表情が以前よりどことなく西洋的になっていると感じたことだろう。そこには外国資本・観光客の流入、女性の社会進出等、ポジティブな理由も多々もあったが、同時に日本人がその昔確かに持っていた謙虚さや神秘性が失われたこととも同義であった。HdMはかつての日本人の価値観への敬意として、周囲に対して徹底的に閉じる建築を考えはじめる。それはコミュニケーションを絶つことではない。慎む、ということである。開ききった商業建築に囲われ、社会に対して今、ふたたび閉じようとする大胆な試みは、その勇気に感銘を受けるのと同時に、まったく新しい商業建築の色気のありかたを提示した。
同じくヘルツォーク&ド・ムーロン設計の「MIU MIU 青山店」
慎みながら色気を放つ、とはいかなる状況なのだろうか。例えば自分がプレゼントを貰った瞬間を想像してみてほしい。テンションが最高潮に達するのは、包装紙をはぎ取り、プレゼントの箱を開ける瞬間ではないか。中身が見える直前。モノは直接見えないが、箱の内壁に反射し、その雰囲気だけ感じ取ることができる瞬間。期待だけが脳内を支配する数秒である。HdMはみゆき通り沿いに、シンプルでメタリックなプレゼントの箱を置いた。そして、その箱をちょっとだけ、開いたのだ。「中に何が入っているんだろう」という期待だけが、いたずらに膨らんでいく。これはあたかも、ほの暗い和室の中で、着物で全身を覆う日本女性が、時折、はだけた着物の間から見せる白い肌の魅力に近い。日本的フェチズムの世界。店内に一歩足を踏み入れると、銅と錦が織りなす劇場のような空間が広がる。
横から見ると、メタリックなプレゼントボックスの蓋が少しだけ開いているかのよう
外見と内面の絶妙なギャップ。MIU MIUは商業建築として異例のガラスに覆われていない建築である。ミリ単位で薄さを追求したフラットな刃のような鉄板の箱にただ、少しだけ隙間を持たせるというシンプルな操作だけで、慎みながら色気を放つこと。言い換えれば東洋的な魔性の色気を表現することに、繊細かつ大胆にも成功した。
夜の「MIU MIU 青山店」