【私の原宿】お笑い芸人・シソンヌ長谷川忍が語る、憧れと恨みが入り交じる裏原への熱量 90年代の記憶とファッションの聖域
長谷川忍(シソンヌ)
1978年静岡県浜松市生まれ。2006年に相方のじろうとお笑いコンビ「シソンヌ」を結成。「キングオブコント2014」で優勝。コント師として圧倒的な評価を得る傍ら、的確なツッコミを武器にバラエティ番組のMCや、近年、俳優としてドラマ・映画に出演するなど多岐にわたり活躍している。無類のファッション好きとしても知られ、特に90年代の裏原カルチャーやホビーカルチャー、ストリートファッションへの造詣が深く、数多くのデザイナーやクリエイターとも親交を持つ。@sissonne_hasegawa

裏原への憧れと恨み節 僕らが愛した“世界一”の街
僕にとって表参道や原宿は特別な場所だ。地方(浜松)から鈍行で6時間かけて通った90年代初頭の高校時代。「NOWHERE」に辿り着いても服はなく、行くたびにピンズとステッカーだけが増えていく。「なんだよ!」とボヤきつつも誇らしい。あの街は憧れと嫉妬が入り交じるファンタジーなのだ。
裏原カルチャー爆発の90年代後半、どうしても欲しかったのが「BOUNTY HUNTER」のフィギュア「SKULL-KUN」。雑誌の番号に電話をすると冷たくガチャ切りされた。手痛い裏原の洗礼だ。今、重鎮となったご本人たちに当時の店員の様子を伝えるとバツが悪そうに苦笑いするが、いや、あなたたちの店だから!結局当時は買えず、上京後にバイト先の先輩がオークションで落札してくれた。このフィギュアには、あの頃の熱量と少しの、ではないな。たくさんの恨みとそれ以上の喜び、そして夢が詰まっている。
お笑い芸人になり、生活が苦しい時期が続いた2000年代後半。同じ“裏原っ子”だった相方・じろうは早々にファッションを諦めた。僕は裏原への情熱だけは捨てきれず、苦肉の策でファストファッションを取り入れながらスタイルを追い続けた。NIGOさんやジョニオ(高橋盾)さんは、僕にとってお笑い界で言えばダウンタウンさんのような、絶対的ヒーローでもあるから。
ここ数年、ありがたいことにそんな憧れの人たちと仕事ができるようになった。NIGOさんの事務所へ遊びに行った時、Tシャツの印刷機を見つけ、ここぞとバカなフリをして「『I KNOW NIGO』のTシャツが欲しいです!」と直談判。快諾してくれ、一番大きいサイズで刷って送ってくれた。ご本人から直接頂いた、これ以上ない究極のオリジナルだ。

渋谷・新宿という歓楽街に挟まれながら、ファッションの街として巨大化した表参道・原宿。ストリートもKawaiiもUKロックスタイルも全部ひっくるめ、あの頃の裏原カルチャーは確実に世界のトップだった。海外のトップアーティストもこぞって日本のブランドを欲しがった。あんなに夢の詰まった「聖域」は他にない。僕はこれからもファン代表のままでいいから、この街とカルチャーを愛し続けたいと思う。あと、誰かNetflixであの歴史を映像化してほしい。するべき。

Text:Shinobu Hasegawa
Edit:Tomohisa Mochizuki
Photo:OMOHARAREAL編集部


























