街全体が「部室」 原宿「AGITO」が全ての礎
XBS氏は駒沢生まれ。小学生の頃はバスに揺られて渋谷へ映画を観にいっていたそうだ。中学生になると足立区へ引っ越した。ファッションに目覚めた高校生の頃、雑誌の中の世界と現実の間にある「1ヶ月のタイムラグ」を痛感したのが原宿との馴れ初め。
「意気揚々と原宿のお店に行っても、欲しい品はとっくにないっていうのが“お約束”(笑)。明治通り沿いにあった『SLAP SHOT』や裏原の『PROPELLER』、そして『DEPT』にも行きましたけど、お金もなかったし、なかなか買えなかったですね」
1990年代半ばから後半、原宿の距離を一気に縮めたのは、共にニトロを結成することになるMACKA-CHIN(マッカチン)ら仲間たちの存在だった。スマホもSNSもない時代、それぞれのショップには強烈な個性を持った“猛者”たちがいて、街全体が巨大な「部室」のように機能していたという。
「原宿に行けば必ずだれかに会える。どこのブランドも勢いがあったし、そこにはあたたかなカルチャーが育まれていた。そんな昼間の原宿が大好きでしたし、原宿はそれを体現する場所でした」
原宿から渋谷にまたがる自然発生的な磁場の中で、後のメンバーであるDABO、SUIKEN、S-WORD、MACKA-CHIN、GORE-TEX、XBS、DELI、BIGZAMという個性が結びつき、ニトロという怪物が産声を上げる。
事業部で立ち上げた前身のブランド「nitrow(ナイトロー)」から独立し2004年、「NITRAID」をスタート。自分たちの表現の拠点として、XBS氏は神宮前6丁目の路地裏に旗艦店「AGITO(アギト)」をオープンさせた。
2009年6月号の「SAMURAI MAGAZINE」のカバー用フォト。盟友MACKA-CHIN、「NITRAID」のEIGHT氏、そしてスケートチーム「NITRAID SB」(三枝博貴、田口稔、竜人、DEMI-DOPE) 写真提供:XBS
「当時はヘッドショップ(旗艦店)を構えてこそ一流。だけど服を売るだけの場所じゃつまらない。だから店には徹底的にこだわりました。今の『麺散』や『THE GREAT BURGER』があるあたりです。店前のベンチに座って、スタッフやお客さんと話したり、毎週の発売日には長蛇の列ができて。あそこは単なる服屋ではなく、僕らにとってのホームであり、今でも大切な場所だと思っています」

「AGITO」外観。アパレルショップとは思えない迫力だ 写真提供:XBS
「HECTIC(へクティク)」の真柄尚武氏や「Still Diggin’(スティルディギン)」のMURO(ムロ)氏といった先輩たちの背中を追いかけ、原宿で仲間と文化を育んだ。その原体験が、今の保育園運営にも通じる「場づくり」の哲学、その全ての礎だと語る。

2009年、AGITO近くの神宮前6丁目の路地裏にて、休憩中のスタッフと談笑するXBS氏 写真提供:XBS
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「人と会わないなら」写真がXBS氏を再び原宿へ


























