ラッパーから園長へ 「本質」という忘れ物をとりに

「最初は『え!? 俺でいいの?』って、素直に驚きましたよ」
「マザーグース神宮前保育園」の施設長というオファーを受けた時の心境を、XBS氏はそう振り返る。独身で子供もいない自分が、育児の現場に立つ。「頼まれたことは断らない」という信条で引き受けたその挑戦は、氏にとって人生の大きな転換点だ。
その背景には、長年身を置いてきた音楽、ストリートカルチャー、そしてファッション業界で感じた、ある種の「虚無感」へのアンチテーゼがあったという。
「自分のブランド『NITRAID(ナイトレイド)』が終わった時、ふと思ったんです。自分で作った服に自分で値段をつけて『これカッコイイでしょ?』って売る。その経済活動のサイクルが、どこか虚像のように思えてしまった時期があって。もちろん素晴らしい経験だったけれど、次はより『本質的なもの』、人のため、世の中のために直接なることに触れたいと渇望していました」

着飾るための「服」から、未来を育む「人」へ。虚像ではなく実像に触れる。その思いが結実したのが「ラッパー園長」としての現在だ。同時に保育を取り巻く社会課題の多さにも直面した。そこで氏が掲げたのが「JINGUプロジェクト」である。
「僕らが子供の頃って、近所のおじさんに怒られたり、地域全体が家族みたいな関係性がありましたよね。でも今は、隣に誰が住んでいるかも分からない。そんな殺伐とした中で、子育てをするって大変なこと。だからこそ、この神宮前という街の繋がりを活かしたいと思ったんです」
園児のユニフォームを原宿のブランドと一緒に作ったり、街のクリエイターと連携したり。氏が目指すのは、保育園という枠組みを超え、神宮前・原宿という地域コミュニティ全体で子育てを支えていく「街ぐるみの育児」だ。
「ここを卒園した子供たちが将来、『俺、あそこの保育園出身なんだぜ』って誇れるような、ポジティブな“学閥”(がくばつ)みたいなものができたら面白い」
XBS氏自身がシングルマザーの家庭環境で育ったことから、母親に笑顔でいてほしいと母親向けのイベントも画策する。「ラッパー園長」というキャッチーな響きの裏には、社会貢献への真摯な眼差しがあった。

マザーグース神宮前保育園の内観 提供:マザーグース神宮前保育園
「ラッパー園長の話も、神宮前だから進んだ部分もある」。そう語るXBS氏が「コミュニティ」や「街との繋がり」を重んじる原点は原宿にあるという。90年代から2000年代。氏が熱狂の中に身を置いていた原宿とのストーリーを紐解いていきたい。
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