オモハラみんなのフォトアルバム Vol.93
1977年に撮ったキャットストリートの写真です。今はすっかりおしゃれな道になりましたが、昔は柳の木が植えられ、ブランコや滑り台などの遊具がいっぱいある、地域住民のための生活道路でした。
実はもっと以前は違う遊具もあったのですが、子供が事故で指を挟んだりといったことがあり、時代とともにどんどん撤去されて少なくなっていったんです。
ちなみに1960年ごろ、暗渠化されてまもなくオリンピック後の交通網の整備に関連して、キャットストリートの上にモノレールを通す計画があったというのを当時の新聞で見たことがあります。もし実現していたら、今の景色は全く違うものになっていたかもしれませんね。
神宮前4丁目、キャットストリートから表参道側を見ている写真です。柳の木の向こうにはちょうど「CA4LA(カシラ)」などが入る「ピアザビル」があります。今のキャットストリートからは想像もつかない、のどかな光景に驚かされますね。
1964年の東京オリンピックを機に渋谷川(原宿・穏田地域に住む人は穏田川と呼ぶ)が暗渠(あんきょ)化され、その上に整備されたこの道は、まさに近所の子供たちにとっては格好の遊び場だったはずです。
写真と同じ場所の現在は?
かつては「BOOKMARC」、現在は「GUESS JEANS」の旗艦店が入るプロテクトビルや、古着屋さんなどが立ち並ぶファッションストリートとなりました。

遊具の面影は当然見当たりませんが、大勢の観光客の中に、元気に走り回る神宮前小学校に通う小学生の一行を見ることもしばしば。みんなどこで遊んでるんだろう?
提供者の髙橋さんが話してくださった、キャットストリートの上に高架のモノレールを通す計画の話が気になり調べてみたところ、1962年に暗渠化した渋谷川(穏田川)の直上に高架式の首都高を通す計画があるという新聞報道記録を見つけることができました。
ちなみに提供者の髙橋さん曰く、渋谷川と穏田川の呼び名の違いはエリアで分かれており、原宿・穏田地域に住んでいた人は渋谷の東横デパート(東急百貨店東横店)を過ぎたあたりから渋谷川と呼び、渋谷駅の近く神宮通り(JR渋谷駅西口から神宮前六丁目交差点までの道の通称)に住んでいた人たちは 明治通りを潜り抜け宮下公園の横に川が姿を現したあたりから渋谷川と呼んでいたそうです。
交通量が増え、交通渋滞が多発していることを理由に計画されていたそう。考えてみると周囲の住民の立ち退きも不可欠でしょうから非現実的に思えます。そんな無理筋な計画をぶち上げるほどの経済の勢いも感じさせますが、実現しなかったことで空の見えるキャットストリートが今も存在しているのは、非常に尊いですよね。
OMOHARAREALでは過去の表参道・原宿(オモハラ)の街の写真と思い出を集めています。『Chapter 1』〜80's(公開中)と、『Chapter 2』90's〜にぜひご参加ください!
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