オモハラみんなのフォトアルバム No.73
1970年に名古屋にオープンした日本1号店と同じく、赤と白のストライプ柄を基調にしたデザインが基本コンセプトで、多くのお客さまに親しまれてきました。※参考見解


当時を知るスタッフがもう社内にはおりませんが、54年という長い年月、多くのお客さまにご利用いただいた北青山店の閉店は、私たちにとっても本当に寂しく残念な思いでいっぱいです。
その上で多くのお客さまに支えていただき、毎日の営業は地域の皆さまとの温かな交流そのものでした。
この場所で過ごした日々は、私たちにとってかけがえのない時間となりました。
今後の展開は未定ではございますが、地域とのつながりを大切にしながら、また皆さまとお会いできる機会を探してまいります。
日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社 広報
2025年6月末で54年間という長い歴史に幕を下ろした、現存する日本最古のケンタッキー「ケンタッキーフライドチキン表参道・北青山店」(以下:KFC北青山店)。
1970年の大阪万博の際に期間限定で初出店し、成功を収めたのち、同年日本1号店(名古屋市)をオープン。その翌年、同店に先駆け、「KFC青山店(5号店)」はKFCの東京1号店として、外苑方面に店を構えていました。1972年には創業者のカーネル・サンダースが来日し店舗を視察。大きな話題になったそうです。
写真と同じ場所の現在は?
同じ青山通り沿いにあった「青山店」は2006年に閉店しつつ、KFC北青山店は出店から54年間、街角からフライドチキンのおいしさとともに幸せなひとときを人々に伝え続けていました。

青山で生まれ育ち、ケンタッキーに魅了され、日本ケンタッキー・フライド・チキンへの出向経験もある株式会社スマイルズ代表・遠山正道さんは、過去のインタビューで当時のケンタッキーの様子と思い出を以下のように振り返っています。
「当時鶏を手づかみで食べるような文化は日本になく、異国からやってきた注目の存在でした。遊び好きな大人が集まる場所という印象で、中高時代の私は、フライドチキンを骨までしゃぶり、グレープフルーツシャーベットを食べながら大人ぶっていた記憶が」
OMOHARAREAL INTERVIEW 株式会社スマイルズ社長・遠山正道 『Soup Stock Tokyo』に繋がる青山での出会いより(2016年)
※現在は社長を退任され、株式会社スマイルズ代表取締役となっています。
多くの人の記憶に残る店舗がなくなってしまうことはとても寂しいですが、また表参道・原宿の街で再会できることを祈ります。
OMOHARAREALでは過去の表参道・原宿(オモハラ)の街の写真と思い出を集めています。『Chapter 1』〜80's(公開中)と、『Chapter 2』90's〜(2025年公開予定)にぜひご参加ください!
詳しくは募集記事をチェック

























