「敬意」をデザインする
果たして表参道ヒルズは、訪れるひとすべてを幸せにする建築になり得たのだろうか。答えは非常に難しい。なぜなら表参道ヒルズには、商業施設の設計として違和感を覚える点が多いからだ。想像してみてほしい。斜面を建築の中に引き込んでも、傾斜はゆるいとは言え、長く歩くにはしんどい。また、各店舗の床は水平であるため、必然的に、段差が生じてしまう。
ほとんどのショップが傾斜の途中に存在する
ではなぜ、この不便をそのまま残したのか。それは、自然への敬意ではないか。建築は、少なからず、自然を壊すことで出来ている。表参道と同じ傾斜の廊下は、表参道を散歩する体験を内部にまで引き込むという、デザインコンセプトだけの話ではない。建築のために場所を与えてくれた、自然へのリスペクトである。自然は決して、人間にとって都合のいいようにはできていない。だからこそ、不便を感じることは、自然を感じることでもある。考えてみれば、安藤忠雄の建築はいつもそうであった。一度外部に出ないとトイレにいけない住吉の長屋。自然光を取り入れられないのに、建築をすべて地下に埋めた直島の地中美術館。身体が本能的に自然の存在を感じとる余地を残している。
瀬戸内海の直島(香川県)に存在する「地中美術館」(設計・安藤忠雄)
出典:四国汽船株式会社
ひとよりもまず、自然を第一に考えること。万物に魂が宿っている、という日本独特のアニミズムの精神そのものだ。安藤忠雄は、この目には見えない自然への敬意に、コンクリートによって輪郭を与えたのだと思う。それは純粋な幾何学となった。